ラックマの植物辞典 後日談

「ではこれで失礼する」

「さようなら」

四人はそれぞれにモッツィと執事、そして「どうしても」と見送りに出ていたヨルクと挨拶を交わすと、馬に跨った。クリフとクレオの兄弟は、それぞれの馬に。シキとエイル少年は、シキの馬に。そして彼らは南への旅を続けるため、街道へ向かってゆっくりと馬を歩かせ始めた。

モッツィはしばらくの間、執事と料理人見習いの後ろで旅人を見守った。四人の旅人たちは、ほんの時折振り返りながら、次第に遠ざかっていく。

「もうよかろう。私は帰るからな」

執事とヨルクが聞いているかどうかを確かめもせず、モッツィはくるりと背を向けた。待たせていた馬車に乗り込む。

「屋敷へ戻れ」

「あの、執事さんたちは……」

「あとで適当に戻ってくるだろう。いいからさっさと戻れ」

「は、はい」

御者はともかく主人の言うとおりに、馬に鞭をくれた。音を立てて馬車はゆっくり動き始める。モッツィはふさふさのひげをなでながら、思わず深いため息をついた。

――なんでわしがあんな小僧に馬鹿にされねばならんのだ……。

屋敷へ帰ると、モッツィは書斎へ向かった。書斎には多くの本がある。モッツィが父から、父は祖父から、祖父はまたその父から……というように、先祖代々受け継がれてきた本が、モッツィの書斎にあるのである。

モッツィはそれらすべてを読んだ事がなかった。いくらかは読みもしたが、大半は開かれもせず、本棚に納まっている。本はモッツィにとって財産としての価値があるものであって、本来の用途としてはあまり必要とされていなかった。

書斎に入ると、数列に渡る本棚がモッツィを迎えた。モッツィは名前順に並べてある本棚を端から見てまわり、ラックマなる人物が書いたという植物事典を探した。エイル少年はラックマが植物学の教師だと言っていた。そのラックマが少量なら毒ではないと言ったのだ。彼が書いた事典にも、恐らくそう書いてあるのだろう。小一時間ほどして、モッツィがようやく見つけたその本は、分厚く、豪華な装丁がしてあった。

「ふむ……ずいぶんと古そうだが」

ぶつぶつと呟きながら本を手に取る。ずっしりとした重みが両手に伝わった。金の縁取りがしてある表紙には、擦れかかった字で「植物大事典――モレスト=ラックマ著」と記してある。

「間違いない、これだな」

書斎の机でそれを開き、昨夜モッツィに大恥をかかせてくれた花を探す。見つけた項には、エイルという少年が言ったような事が確かに書かれている。やはりモッツィの聞いた情報が間違っていたのだ。モッツィは肩をすくめると、ため息をついて本を閉じた。が、ふと思い立って本の奥付を開く。

「モレスト=ラックマ著……四三〇年発行……」

モッツィは本から目を離し、今年が何年だったかを思い出そうとした。

「どういう事だ? 確か今年は……」

本編第一章まで読んだ方は「今年」が何年だかお分かりかと思います。
<参考>設定集

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