昨夜は遅くまで仕事で、家にもって帰ってまでもなかなか終わらなかったんだっけ。やっと終わった! って思ったとこまでは覚えてるけど。机の上で目がさめた。起きてから始めて寝てた事に気づいたくらいだから、よっぽど疲れてるんだ。身体を伸ばしてみると全身にはしる痛み。気分は最悪。だけどシャワーを浴びて濃い目のコーヒーの一杯で少しはましになったかな。カーテンの隙間からこぼれる光。もうこんな時間だ。
今日は久しぶりのオフなんだ。ずっとやりたかった洗車をして。ついでにどこかへ出かけようか。どこまで行こう……考えてる時間がもったいなくて、とにかくすぐに出かけたくなった。
郊外に向かって車を走らせる。今日の相棒はいい調子。やっぱり洗ってやったのがきいてるらしい。BGMは俺の好きなロックバンド。アップテンポを響かせて、窓は全開、気分は爽快♪ そういや別れた彼女が前に言ってたっけ。「音が大きくてうるさいわ」今日はそんな事気にしないでいい。洗車のときに濡れた髪が風でばさばさになるのもおかまいなしだ。空は抜群に綺麗で、雲一つない。窓から吹き込んだ風が、俺の頭の中を空っぽにしてくれる。なにも考えずに、まっすぐ走って行った。頭だけじゃなくて、腹も空っぽなのを思い出す。ふと、通りに面したファーストフードで一旦車を止める。ハンバーガーを買いこみ、ブランチといこう♪ ボンネットに腰掛けてぱくつく。さっさと食べ終わったらドライブの続きだ。
休みの日に出かけるなんて久しぶりだったけど、あんまり気持ちがよくて、大声を出して歌いながら、どこまでも走った! ひたすら走ってた愛車を止める気になったのは…海が見える峠のカーブを曲がったせい。いつの間にか、こんなとこまできてたのか。よし、あの海に会いに行こう!
午後のあったかい日差しの中を走り抜けて、やっと辿りついた海に向かう。長いコト会ってなかった友達に話し掛けるみたいに「よ、久しぶり! 元気だった?」なんて。右手を額に当てて軽く挨拶。ガードレールにもたれて海を見てたら、夏を待ちきれないサーファーたちが波間に揺れてた。駐車場に車を止めて、砂浜に降りていく。靴を脱いで裸足になるとちょっとひんやりした砂に足が埋もれた。
声をかけたサーファーたち、みんな、どうしてそんなに? ってくらい海が好きなんだ。まだ寒いだろうに、元気に波に乗ってた。焚き火を起こすのを手伝ってたら、何人かが海を指さして騒いでる。なんだろうって振り返ったら、丁度ブロークンウェイブ!崩れる波の向こうに見えたのは女の子? 長い髪が人魚みたいに見えた気がした。
「失敗しちゃったけどさ、普段はすごいのを見せるよ。彼女が一番うまいんだから」
そう教えてもらった。どうやら本当みたい。何度も、何度もチャレンジしてる。上がってきた彼女は俺の知らない事をいっぱい話してくれた。彼女はこの海が好きで。サーフィンが好きで。それから美味しいビールが大好きで。
「女の子らしくないっしょ?だけどさ、やっぱビールは飲んだら『ぷっはぁー!』ってやらないとネ!」
って笑った。それからみんなと一緒にジョッキをあけた。
「…ぷっはぁー!」
俺らはいっせいにふきだした。やっぱこれでしょ!
いつの間にか浜には仲間が集まってきてた。いきなりパーティのノリでバーベキューが始まって。みんなで飲んだり食べたり、ただはしゃいで。気の合う奴らで楽しくって時間がすぎるのを忘れてた。なんだ、もうすぐ夜があけちゃうよ!
今日もまた仕事なんだ、慌ててみんなに別れを告げる。例の彼女が俺にささやく。
「今度来た時こそ、最っ高の波乗りを見せたげる。ゼッタイ! だからまた来てね。またみんなで遊ぼうよね?」
俺はみんなにばれないように彼女に一回だけキスをして。
「また来るよ。今度は俺もボードを持ってね!」
家に向かって車を走らせる。昨日の昼に走った道だけど、今は全然違う道に見える。海沿いの街道は長い長いまっすぐな道で、先が霞むくらいで。どこへ続いてるのか、自分がどこにいるのかわからなくなる。でもそんなことは気にならないほど、窓から見える景色が綺麗だ。夜明け直前の道路が紫色なんだってコト、知ってる? 空はグラデーションで一刻一刻とその色を変える。目が離せないほど美しく、そして幻想的な世界。誰も走っていない道。俺だけの道。
だんだん夜明けが近づいてくる。空と海の色が変わってく。俺の世界が薄い紫で包まれて、窓の外がどんどん明るくなって。そしてついに日が昇った! 世界は真っ白に輝いて、眩しくて……そしてなにも見えないくらいになる。おっきいおっきい太陽が少しずつその姿をあらわしていく。きっと今日も。仕事に行きたくなくなるくらい、いい天気になるんだろうな。
いろんな事があった休日。身体はちょっと疲れた。普段は考えられないくらい動いたもんな。でもいろんな事を見て聞いて、多くの事を学んだ気がする。いつもみたいに寝てたらわかんない事がいっぱい……。ちょっとめげてた仕事も、やる気が沸いてきたし、忘れてた大切な事も思い出した。
果てしなく続く道。さっきまで紫だった空はもう青い。なんだか嬉しくなって、空がこんなに綺麗だったっけ、なんて考えてる俺。BGMをオンにする。思いきって大きな音で。青い空の下の、青い海の横の道を俺は走りつづけた。うん、たまにはこんなのもイイよな。改めてそう思って。なんだか笑ってる、自分に気づいた。
完
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