Legend of The Last Dragon −終章−

その日、マイオセールの広場には多くの人々が集まっていた。誰もが戴冠式を終えた新しい王の姿を一目見ようとひしめき合っている。その人々が声を上げ、指差し合って見つめたのは、一人の少女であった。

「わ、私……」

あまりの人の多さと、彼らの自分を見つめる瞳に、サーナは思わず後ずさった。クリフがその肩に優しく手を置く。

「大丈夫。練習した通りに言うだけでいいよ。間違えても、止まっちゃっても、大丈夫。やり直せばいいから。安心して。俺とクレオが後ろにいるからね」

「うん……分かった」

サーナは唾を呑み、深呼吸をすると、閉じていた瞳を大きく開いて前へ踏みだした。ざわめいていた観衆が、水を打ったように静まり返る。その迫力に、サーナは再び怖気づいた。けれど、もう引き返すことは出来ない。サーナはさらに一本踏み出し、片手を挙げた。

「皆さん、私がルセールの女王、サーナです」

波のようなどよめきがサーナを襲う。そのうねりが収まるのを待ち、サーナは再び口を開いた。

「長い間、留守をしていて、皆さんには心配をかけました。ごめんなさい!」

ぺこりと頭を下げる。その仕草はまだ十にも満たない幼い少女の、ごく自然な愛らしいものであった。

「今、この国は乱れています。私は……私には、何が出来るか、分からないけれど、皆さんと一緒に、また……えと、頑張りたいと思います。私はまだ小さく、何も分かりません。あ、だから、この……」

言いながら、後ろに並ぶ文官や武官を示す。

「この人たちに色々手伝ってもらわなくちゃいけないと思います。それと、皆さんにも、色々手伝ってもらうと思います。あの、よろしくお願いします」

再び、勢い良く頭を下げる。威厳ある王の挨拶を想像していた民衆は呆気に取られていた。だが、サーナの必死の演説を聞いているうちに人々の顔は緩み、その紅潮する顔を見て、人々の顔に笑みが浮かんだ。

「あの、私は、皆さんと同じように、この国が、大好きです!」

最後にサーナが言うと、人々からは多くの声が挙がり、拍手が溢れた。

「頑張れよ!」

「無理するんじゃないよー!」

「一緒に頑張ろうなあ」

「サーナ女王、可愛いぞ!」

すべての人々がそう思ったとは言えない。幼い女王に不安を抱いた者も多くいただろう。だが、多くの人々は暖かな応援の気持ちを心に抱いていた。

「お疲れ様」

「よく頑張ったね」

クリフとクレオが、サーナを拍手で迎える。民衆から姿が見えないところまで歩いてくると、サーナはふっと体から力が抜け、クリフの差しのべた腕に倒れ込んだ。

「緊張したろ。ほら、水を飲んで」

クレオが用意した杯から、少しずつ水を飲む。サーナはようやく息を吐いた。

「……し、死ぬかと思ったよぅ」

「立派だったわよ」

「こんなんで、大丈夫なのかなあ。私、こんな、子供だし……」

「大丈夫。人々が欲しているのは、ご立派な王様じゃない。いや、なんて言うかな……つまり、明日を生きる希望が欲しいんだ。サーナは大丈夫。みんなの希望になっているよ」

「そう……?」

「もちろんよ!」

双子の励ましに、サーナはようやく笑顔を浮かべる。

「頑張る」

小さな声で、だが力強く告げると、サーナは立ち上がった。

「やらなきゃいけないこと、いっぱいあるね」

「そうだね」

「私たちも出来る限り手伝うから」

「うん。ありがとう。……さ、行こう!」

サーナと双子がサーナの自室に帰ると、エイルとシキが彼女を待っていた。

「邪魔しているぞ」

エイルが言う。

「演説は素晴らしかったな」

シキの言葉にサーナは照れて顔を赤くしていると、扉をたたく音がし、侍従の一人が顔を出した。

「サーナ様に、リュークという方からご伝言です」

「え? リュークから?」

サーナの声が弾む。リュークはずっと町に逗留していて、顔を合わせていないのだった。

「リュークが何て?」

クレオが尋ねると、侍従は小さく頭を下げてから、リュークの言葉を復唱した。

「『これまで働いた代償をいただいていく』とのことでした」

「……え? それだけ?」

「はい」

では失礼します、とばかりに敬礼し、侍従は部屋の扉を閉めた。呆気に取られている面々の耳に、サーナの声が飛び込んできた。

「キトゥンが、ない」

それはサーナが可愛がっていたキトゥンの置物だった。それほど大きなものではないが、純金で出来ていて、非常に高価であることは間違いない。

「仕事の代償、か」

エイルが呟く。

「あいつ」

シキが舌打ちをする。

「リュークらしいなあ」

クリフは楽しそうだ。

「私のキトゥンー!」

「まあまあ……」

唇を尖らせるサーナを、クレオが慰める。ひとしきりすると、エイルが真面目な顔で告げた。

「アメリ=コルディアと相談し、明日、転移の術法を行うことにしたんだ。これ以上ここで過ごしても、どんどん別れが辛くなるだけだしな」

「そうなの……」 サーナはあからさまに寂しそうな顔をする。エイルは小さく微笑んだ。

「過去の世界に戻るにはサーナの手伝いが必要なんだ。手伝ってくれるか」

「それは、もちろん、手伝う。……けど、大丈夫なの? 本当に、元の世界に戻れそうなの?」

「恐らく、としか言いようがないがな。アメリ=コルディアが言うには、我々の過去の世界はもはやこちらの世界と繋がっていないだろう、という事だ」

双子には初耳である。クレオがシキに、どういうことなのかと尋ねた。が、シキより前にエイルが口を出す。

「つまり、我々が元の世界に戻り、そこから三百年経っても、今のこの世界には繋がらない、という事だ。分かるか?」

「なんとなく。でも……」

「アメリ=コルディアとヴィトの事だ、恐らく術法は完璧だと思う。だが戻ればもう二度とお前たちに会う事はない。それも分かるな?」

「念を押されなくたって、それくらい、分かるわよ」

「ふん」

鼻を鳴らすエイル。だがクレオはそれ以上何も言えなかった。エイルとて、淋しさに変わりはない。エイルの態度からは分かりづらかったが、その気持ちを汲み取ることは難しくない。彼らが過ごしてきた時間がそれを可能にしている。シキが優しく言った。

「長い時間を共に過ごし、数多くの試練を共に乗り越え、我々はここにいる。住む世界は違えど、今ここにある気持ちは変わらぬ」

深い緑の瞳が、クレオを見つめている。

「砂漠での話、忘れていないぞ。いつかきっと、すべてが終わったら、俺は自分を幸せにする努力をすると約束しよう」

「シキ……」

「なんだなんだ、なんの話だ」

二人の間にエイルが割って入る。シキはわざとらしく目をそらし、首を振って見せた。

「ああ、これは私とクレオだけの秘密です。エイル様には教えられませぬ」

「なんだと!」

「シキにだって秘密の一つくらい、あってもいいじゃない」

サーナが言うと、エイルは頬をふくらませた。

「ぬぅ……。まあ……うーん。よし分かった。いいか、これ一つだけだぞ」

皆の明るい笑い声が部屋に溢れる。

「元の世界に無事戻れますように」

クリフの言葉に、神妙な顔でエイルが頷く。

「戻った場所がどこでも、そしてそこがどうなっていても、我々は、自分に出来る事をするだけだ」

「私たちも、ここでやれる事をやるわ」

「まずはルセール復興に力を尽くすよ」

双子の言葉に、サーナは目にうっすらと涙を浮かべた。

「ありがとう、クリフ、クレオ。アメリ=コルディアは塔に戻るって言ってた。でも、いつでも相談に乗ってくれるって。ヴィトが王宮司祭として留まってくれるって言うし、私、味方がいっぱいいるわ」

嬉しそうに、無邪気に、サーナがクリフの手を握る。クリフはどきまぎしながら、しかしサーナの小さな手を優しく握り返した。

「それで、いつサナミィへ戻ったの?」

「そうね、五年くらいしてからだったかな。サナミィへ戻ってお父さんに出会って、結婚して……そしてあなたたちが生まれたのよ」

クレオの膝には、女の子が二人まとわりつき、クレオの言葉を聞き逃すまいと目を輝かせている。クレオの腕には小さな赤ん坊も抱かれていた。

「エイルとシキは、ちゃんと帰れたのかな」

「そう……多分ね。術法は完璧だったとアメリ=コルディアは言ってたわ。転移の時、黄色の光が少しずつ緑に変わっていったのだけど、それはサキュレイアの効果なんですって。サキュレイアは時の神様でしょ? だから、彼らは時を超えて転移したはずよ。どこへ行ったか、私たちには知り得ないけれど……きっと、戻れたと信じてるわ」

「戻れたよね!」

「きっと戻れたよ!」

「絶対戻った!」

「戻った!」

二人ははしゃぎ、小さな庭を走り回った。すやすやと眠っている赤ん坊を愛おしそうに見つめ、軽くゆらしてやる。あの日と同じように、太陽神ハーディスは彼らを暖かく見守っていた。大事に手入れしている草花に、雨上がりの露がきらめいている。娘たちが戻ってきて、首をかしげた。

「……ねえお母さん、リュークはいなくなっちゃったんでしょ? アメリ=コルディアは塔に戻って、ヴィトが王宮の司祭さまになって……じゃあ、クリフおじちゃまはどうしたの?」

「ふふ、クリフ? クリフはね、マイオセールに残って、サーナと結婚したのよ」

「そうなの? 素敵!」

「今もルセールの女王はサーナだけれど、クリフが夫として、彼女を支えているはずよ」

クレオは懐かしさに目を細めた。その目には青空と、ゆっくりとなびく雲が映っている。だが彼女は空の向こうに違う景色を見ていた。遠い、遠い昔の――。

Legend of The Last Dragon 完

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