Legend of The Last Dragon −第一章(4)−

そして、旅立ちの朝。

両親と違い、子供たちは浮かれ、はしゃいでいた。一度も村を出た事のないクリフとクレオにとっては、色々な事を見聞きし、経験する初めての機会である。その興奮のために前夜はあまり寝られなかった。夜遅くまで暖かな布団の中でなんのかんのと話していたのだ。

――どんな事があると思う? 

――夜はどこで寝るのかしら? 

――ご飯もあんまり食べられないかもよ。

――でもきっとすごく楽しいよね。

話は、汲めど尽きせぬ泉のように湧いて出た。不安ももちろんあるが、期待がそれを超えている。レノア城での反乱、世界の崩壊、あるいは竜の存在といった話は、彼らにとって現実味のない夢物語に過ぎなかった。いまだにどこか別の国での話のような気がする。それより彼らにとっては、王都レノアへ行けること、何よりこの小さな村を出られることが嬉しくてならなかった。どんな冒険も危険も、自分の半身がいればきっと切り抜けられる。双子の胸は希望に膨らむばかりだった。

広場の反対方向から騎士と王子が歩いてくる。サナミィへ現れた時とは違い、二人とも鎧は身に着けていなかった。恐らく長老が用意したのだろう、ごく普通の村人が着るような服を着ている。傍目から見る分には、一般的な青年と少年にしか見えない。ただ、シキがその腰に着けている長剣だけは、少々不釣合いにも見えた。

「おはようございます」

クリフが丁寧に頭を下げる。クレオは長いスカートを持って膝を折った。王侯貴族様は、こういう挨拶の仕方をするものだというのを、ルクレリアに聞いたことがあったのだ。シキは爽やかな笑顔でそれに答え、気取ったお辞儀をしてみせた。それから真剣な顔で言い聞かせる。

「これからの事についてだが、いくつか言っておかねばならん事がある」

「はい」

「まずエイル様は身分を隠してのお忍びだ。俺にしても、王宮騎士という身分は隠しておかねばならん。鎧など、身分の分かりやすいものは長老に預けたが……」

「特に王子の鎧は分かりやすいですものね、すぐばれちゃうわ」

「ええい、うるさいな。そんな事くらい誰でも分かる」

クレオとエイルはどうも反りが合わないようだ。つんとそっぽを向く双子の片割れに、エイルは舌を出して見せる。

「お行儀が悪いですよ。……それで心得ておいてもらいたい事だが、エイル様を王子と呼ばぬよう……」

「おい、私が王子でなくてなんだと言うんだ! いいか、シキは知っていて当然だが、お前たちにも言っておくぞ!」

言いかけたシキの言葉尻を捕らえてエイルがくってかかる。重いものなど持った事もなさそうな細い指を振って、双子に対して早口に言い始めた。

「運命の神クタールの名に掛けて、私はレノア王国の正当なる王子、エイル=ダルク=レノアだぞ。無礼な口をきく事など当然許されんが、本来なら同じ高さで話す事もないのだからな! 私が王子でないなどと納得出来るか! いいか、知恵の神にしてレノアの代々の守護神であるバダッフの名に掛けて、私はレノアの王子であると主張するぞ!」

一気にまくし立てた最後の方は、シキに向かっての言葉だ。シキは頭を抱えた。

「エイル様、よろしいですか、もし殿下のご身分が知れたら大変な事になります。この間も申し上げましたが、それを避けるためにご身分は決して明かされぬようにと……」

「そのくらいは分かっている!」

「では……」

「うるさい、分かった。もういい」

腕を組んで後ろを向いてしまう。双子はそのやり取りに、顔を見合わせて肩をすくめた。これから先の事を思いやると、シキはその精悍な顔を少々曇らせざるを得なかった。

「まあ普段は気にする事もございませんが、人のいるところなどでは極力目立ちたくありませぬ。どうか、ご理解下さい。ご気分を損ねた事は、このシキ、心より謝罪致しますゆえ」

シキがそう言うと、エイルの肩が反応した事を示して少し揺れた。少年はマントをひるがえして振り返ると、極上の笑みをたたえて言い放った。

「よし、では仕方がない。許してやろう」

クレオはその尊大な態度に呆れて声も出ない。駄々をこねてシキを困らせているのはエイルだ。どう見ても悪いのはエイルの方でしょ、と言いかけようとして、双子の兄に止められる。何で止めるの、といった顔で兄を睨んだが、「こないだも同じ事やったろ」という言葉は聞く前に通じたようだ。クレオは大きく息を吸い込んで、自分を抑える。クリフはその様子を見て笑う。シキもつられて微笑んだ。

「さて。ではそろそろ行くとしようか」

こうして彼らは長い旅の、その初めの一歩を踏み出したのである。

この出会いが後世に長く語り継がれる事になる『運命の出会い』である事を四人が知る術はまったくない。大陸全土を巻き込み、全ての運命が激変していく事に気づいている者もまた、世界中のどこにも存在していなかった。それはただ、自分の手の平に運命の四人を乗せたばかりの、運命の神クタールのみが知り得る事だったのである。

サナミィからレノア城まではそれなりの距離がある。彼らはかなりの間歩き続けたが、道はひたすら続いている。双子は早くも挫折しそうになった。ふと、クリフの目の前に木の葉が舞い落ちる。クリフは自分がうつむいていた事に気づいていなかった。顔をあげると、木々の合間を縫うように、風に煽られた多くの木の葉が舞っている。

――まるで、雪が降っているみたいだ。

足が、降り積もった柔らかな木の葉を踏んでいく。秋ならば乾燥したそれらは乾いた音をたてるのだが、今クリフたちが踏んでいく葉は「青葉の月」の名の通り、青々としたものが多い。ここらの樹木はおかしな性質があり、まだ青々としている若葉を次々と落としていく。その代わり、新しい葉がまたすぐに茂るのだ。降り積もった青葉のおかげで足元は柔らかく、非常に歩きやすかった。

歩きやすいとはいえ、この森の中を延々と歩いていては疲労もたまるというものだ。双子はこんな長く歩き続けた事はなかったので、膝が軋(きし)み、足全体が熱を持っている気がしていた。彼らより歩き慣れていない……エイル=ダルク=レノア殿下は、シキの背にいた。足が痛いと何度も繰り返して訴えるエイルを、シキが背負っているのだ。エイルは痩せた少年で、同じ年頃の子に比べればずっと軽い。シキは鍛え抜いた身体を持っている。だが、長時間にわたればいくらシキでも疲れが見えてくる。

彼らがくたびれ果てて腰を下ろした頃には、この大地に住む全ての人々を守ってくれる太陽神ハーディスは、既にその顔を地平線の向こうへ隠そうとしていた。周りには多くの木が立ち並び、先へ行くほど陰が濃くなっていく。ここまでの道のりもほとんどが森や林ではあったが、進んでゆく先はそれまでと比べて格段に暗い。木の本数も、その種類も違う。今までののどかな風景とは明らかに違う雰囲気が醸し出されていた。だが、レノアへの道はここを通るしかない。四人は火を焚くための枝を集めながら、うっそうとした森の中へと入っていった。あまり口を利かないまま、疲れた足を引きずっていく。

「も、駄目……疲れたぁ」

ついに言ったのはクレオである。膝に手を当てて、首もがっくりとうなだれてしまっている。立ち止まったクレオを振り向いて、シキが苦笑する。

「こんな程度で音を上げているようじゃ、この先の旅が思いやられるぞ」

「そうだ、そうだ」

シキに背負われたままエイルが同調する。それを、クレオが睨みつけた。

「そんな格好の人には言われたくないわよ。第一、私たちは荷物を余計に持ってんのよ? 誰のせいだと思ってるの? シキがエイルを持つので精一杯だからでしょ」

「持つとはどういう言い草だ。私は荷物ではないぞ」

「十分、お荷物じゃない」

「無礼者め! 私を誰だと思っているんだ。私はいいんだ! こんな長距離、歩けるわけないだろう。本当なら馬車か輿(こし)を用意するべきなんだぞ」

「そんなもの、サナミィにある訳ないわよ」

「だから我慢してやっているんだろうが」

「ふんだ!」

クリフは肩をすくめる。シキは苦笑が絶えない。エイルを大事そうに下ろすと、一旦ここらで休もうかと提案した。まだ日が沈みきってはいないのに、あたりはすっかり薄暗くなっている。クリフは少し不安になった。

「あの、ここで野宿するんですか?」

「仕方ないな。まあ小さいながら天幕がある」

「寝具はないのだろう?」

「そのくらい我慢しなさいよ」

「そんなの分かってる! 指図するなと言っているだろう」

一事が万事、この調子である。クリフとシキは顔を見合わせたが、二人ともどうしようもないといった顔だ。シキは荷物を下ろし、天幕を張り始める。双子が焚き木を探しに森へ入り、エイルは天幕で休憩を取った。

時は過ぎ、四人は……いや三人は焚き火を前にしていた。エイルは既に天幕で横になっている。

双子はまだ眠気と疲労感に対して、若干の粘りを見せていた。というより、不安で眠れないようだった。クリフは野宿の経験があるが、クレオはない。連なる木の枝が恐ろしげな影を作り、その影が重なってさらに大きな怪物の影のように見える。月の女神メルィーズは木々に邪魔されて切れ切れにしか光を投げかけない。恐らく丸々としたその姿を輝かせているはずだが、空を見上げてもフィーピーが入ったようにしか見えなかった。

クレオは焚き火を枝でつつきながら、不安げに息を吐いた。それは、まるであたりで息を潜めている暗闇にその音を聞かれでもしたら、たちまち居場所が無くなってしまう、とでもいうかのように、密やかに吐き出された。しかしすぐ横の双子の兄には聞こえたようだ。心配そうな瞳が、同じ色の不安げな瞳を見つめる。

「クレオ?」

「クリフ……。何か、怖いわ。誰かが見てるような気がして。ねえ、そんな気がしない?」

クリフはあたりを見回したが、そこにはただ夜がひっそりと佇んでいるだけである。薪がはぜる音以外は静寂が森を満たし、生き物の影は感じられない。兄は妹に向かって首を振る。クレオはまだ不安そうにしていたが、疲れのせいもあり、クリフの肩に頭を乗せた。クリフは妹を天幕に寝かせ、自分もやがて妹と共に静かな寝息をたて始めた。シキはずっと黙ったまま、薪の火が絶えないように気を配っている。

鳥のさえずりが聞こえる。クレオが目を開けると、ちょうど目を開けたクリフと目が合った。

「おはよう」

「ん、おはよ」

エイルは起きる気配もない。シキが何度も声をかけてようやく寝ぼけ眼をこすった。対してシキは、双子が起きた時にはすっかり身支度を整えていた。四人はレノアへ向かって再び道を辿り始める。レノア城までは、まだかなりの道程を残していたが、不思議と昨日までのようには疲れなかった。そして彼らは着々とレノアへ近づいていったのである。

太陽神ハーディスと月神メルィーズは交互にその姿を地上に現す。そうして十日ほどが経った頃、少年王子と騎士、そして世にも稀な双子はレノア城とその城下町付近にまで到達していた。大国レノアの王都はやはりレノアという名の街で、紛らわしいので単に「城」あるいは「城下町」と呼ばれていた。高い城壁が町全体を囲むように建てられ、周辺は平野で、穏やかな農村地帯が延々と広がっている。畑に植えられた作物は様々で、収穫できるようなものあればまだ青い葉を茂らせているものもあるので、そこらはまるで色とりどりのつぎはぎを当てた布のように見えた。その布の向こうに、高い城壁に囲まれた、細い尖塔がいくつも連なった壮麗な王宮が見えている。王宮は丘の上に造られているので、その大半が城壁の上に姿を現していた。その大きさがどれほどのものであるか、ここからではまだ分からないが、相当大きな城である事は確かである。

「レノア城……。父上……」

エイルが小さく呟く。隣を歩いているシキだけがそれを聞きつけ、唇を噛んでいる少年の肩にそっと手を乗せた。少し先で、クリフとクレオが手を振っている。

「早く行きましょう! ね、早く!」

シキが手を振り返すと、双子は駆け出して行ってしまった。エイルは立ち止まり、シキを見上げて確認するように言った。

「あれは……我が城だな?」

「ええ、エイル様がお住まいになる城です。我が主の城であり、正当なるレノア王家の城です」

「……ん」

断固とした調子で繰り返すシキに、エイルは安心して小さく頷いた。胸を張って、また歩き出す。その心中を思うと、声には出さずともシキの胸は熱い想いでいっぱいになる。もしあの時の事が現実で、反乱が起きているのだとしたら……もう随分と近くに見えるあの城は、エイルのものではないのだ。それを取り返すには、どれほどの人手、どれほどの時間が費やされるだろう。今の状態では不可能と言っても過言ではない。反乱軍を率いていたのは王弟コジュマール大公である。軍部を束ねる武官長でもある彼が、既に王位継承を執り行ったとすれば、レノア軍全体がエイルの敵である。レノアは、絶対的に王家の力が強い。反乱を起こしたとは言え、レノアの民はコジュマールに忠誠を尽くさねばならない。エイルが一夜にして反逆者として手配され、処刑対象とされただろう事は疑いようがない。

幼い少年王子には、まだその実感がない。自分は正当なレノア王家の王子であり、レノアの民はいまだ自分と、その王家に対して忠誠を誓っていると思っているのだ。その期待が裏切られた時、少年がどんな顔をするのか、そしてその後はどうするのか。考えただけでもシキは息苦しくなる。自分たちを転移させてくれた老司祭、ジルクの言葉がふと蘇った。

『とにかくエイル様をお守り下さい。シキ殿なら安心ですからな』

シキは心の中で呟く。

――俺は、何があろうとエイル様の味方です。「レノア王家」にではなく……エイル様ご自身に、俺の忠誠を捧げます。

自分が守らなくて、誰がこの少年を守れると言うのだろう。幼き少年、まだ何も知らぬ、「現実」というものを感じた事すらない少年を。シキは初めてエイルを見た時の事を思い出した。生まれて間もない、侍女に抱かれた赤ん坊。眼前を歩いて行く少年は、まだ王族としての自覚も少なく、人生にいくつもあるはずの試練にもほとんど出会った事がない。それでも王族としての誇りを胸に、家族を亡くした悲しみを背負って歩いて行く。シキは改めてこの少年を守り通すことを胸に誓った。

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