Legend of The Last Dragon −第一章(5)−

レノアの城下町が随分と近くなってきた。遠かった頃はそれほどだとも思っていなかった城壁は、今や目の前にそびえ立っているように感じられるほどだ。双子はその大きさに驚嘆の声を漏らしている。

王都レノアは南北に長い町だった。北側の丘がレノア城、南側が城下町で、町の南端に開かれた大きな城門が、町の南門として使われている。サナミィから来ると、レノアの北東あたりに到着する事になる。クリフたちは城壁を右手に見ながら、南へ回らなければならなかった。

南門からは大きく太い街道が南へと続いている。春の市が立つこの季節、街道には多くの人が溢れていた。南方からやってきた旅人も多くいる。あちこちで色々な地方の言葉が飛び交っていた。街道の脇には露店も作られ、気の早い商人が商売に精を出している。今、この街道には種々雑多な人々が入り乱れていた。その様子を眺めながら、シキは合点がいかない様子である。

「いくら市が立つ時期とはいえ、このような場所での露天商など、許されるはずがないのだが。それに……」

独り言のように呟くシキの目線の先に、南門がある。兵士が数人立ちはだかり、入ろうとする者と問答しているようだ。門番の様子からすると、誰も門を通すまいとしている。普段であれば大勢の旅人や商人が出入りしているはずなのに、人々が街道でうろうろしている理由はそこにあるようだった。人々は皆一様に、何かを待って街道やその付近に集まっているのである。

「レノアの城下に入るために通行証などいらぬはず。それに天幕を張っている者がいるという事は、もう何日も門は開けられていないということか? ……やはり何かがおかしいな。しかしこれでは反乱が起きているのかどうか、はっきりとは……」

考え込むシキの周りでは、エイルと双子が目を丸くしていた。エイルにしてみれば、城から出た事など数えるほどで、それも全て輿の中から覗ける、狭い範囲しか見た事がないのである。双子はと言えば、ただただ純粋に、これほど大勢の人間を見た事がないので唖然としているのだった。

「サナミィの収穫祭よりすごい人……」

「う、うん。これでもまだ、城下に入ってもいないんだよ、すごいなあ」

三人ははぐれないようにとシキのそばを離れはしなかったが、あたりを物珍しそうに眺めてはきょろきょろし通しである。

クレオがそばにいた女の子を羨ましそうに眺めている。クレオはいつも着ている白い綿の服に旅装用のローブを羽織っているだけだったが、クレオと同じくらいの年のその子は、花模様の刺繍がはいったケープを肩にかけている。スカートは綺麗な草色に染めてあり、ケープとおそろいの刺繍が裾に入っていた。髪も高く結い上げ、可愛らしい髪飾りでとめている。あまりにも自分と違うその子を見て、クレオは恥ずかしげに目をそらした。

一方のクリフは露天の武器屋に見とれている。彼が持っているのは父が作ってくれた手製の弓で、柔らかくしなるカゴラの木を削りだしたものだ。それはもちろんクリフの宝物であったが、露天商には見た事もないような弓が、数多く並べられている。木製のものも多くあったが、金属の持ち手がついたものや、弓自体が鉄で作られているものもある。大きさも千差万別で、小さな手弓から、クリフにはとても使えないような長い弓まで様々だ。色が塗られ、綺麗に飾られた祭礼用の弓などもある。それ以外にも、短剣や長剣などが山程あった。店は布を張って作る簡単なものだったが、その中にはどうやって運んだのかと思うほど多くの品物が所狭しと並べてある。それらの内のいくつかは表からも見えるように綺麗に並べられ、店主は終始笑顔を絶やさずに、商品の一つ一つを丁寧に磨き上げていた。

浮かれる双子たちとは逆に、エイルは言い知れない不安に襲われていた。

今までは、人々から見下ろされる事など皆無に等しかった。いつでも自分は壇上にいて、目の前でひざまずく人々を見下ろしていた。自分が見上げるのは父王と母、あるいは兄王子だけ。他国の主賓などと同席する場合などもあったが、まだ幼いエイルは、外交の仕事をする機会が少なかった。人々はみな自分にあちして礼を尽くし、頭を下げるもの――それが当然であったのに、今はどうだろう。今、近くにいる人々は、全て自分を見下ろしていく。中にはエイルにぶつかっても「邪魔だな」といった顔をしていく者さえいる。ここでは当たり前の事だ。エイルはまだ発展途上の少年で、身長も六サッソ半しかないのだから。世間知らずの少年を、人々が目に留める訳もなかった。しかしエイルにとっては理解不能であり、恐ろしい気がした。自分は王子なんだぞ、偉いんだ……主張しようとしても口に出す事は出来なかった。

――なぜ、誰も気づかないんだ……。レノアの民はレノア王家に、私に、忠誠を誓っているはずなのに……。

無意識にエイルはシキの服にしがみついていた。シキはそれに応えるようにエイルの肩を抱き、その顔を隠すようにしてあたりに眼を配る。そして、双子に話しかけた。

「お前たち、悪いが『彼』を頼む。俺はちょっと中へ入れないかどうか門番に聞いてこよう。険悪な情勢というわけでもなさそうだから、心配はないと思うが……人ごみに紛れぬよう、ここいらで待っていろ。あまり『彼』の顔を見られないようにな。……すぐ戻る、心配するな」

置いて行かれるのか、とやや不安げな表情の三人に向かって軽く微笑んで見せ、シキは門のほうへ歩き出した。

門衛所では幾人かが門番と言い争っている。どうやら中へ入れろ、いや駄目だと押し問答を繰り返している様子だ。

「いかんと言っているだろう! 通行証がいるのだ!」

「そんな話は聞いてねぇです」

「そうだそうだ、第一どうやって手にいれるんだ!」

「申請しているから待っていろと何度言ったら……」

「私たちはもう十日も待ってるんだよ!」

「どうして入れねーのかを教えろって言ってんだよ、兵隊さんよぉ」

「いずれ王宮の方からお知らせが出るはずだ」

「いずれって言われたって、なあ」

これではいつまでたっても埒(らち)があかない。シキは嘆息した。

――しかし通行証とは……そんな話は聞いた事がない。やはり俺の知っているレノアとはどこか違うようだ。

そんな考えを巡らせていると、後方からざわめきが起こった。見ると、人々を乱暴にかきわけてレノア兵士が二人現れる。護身用の軽い鎧を身につけた兵士たちは手に細い槍を持ち、それで人々を威嚇しながら道を開けるよう指示している。研ぎ澄まされた切っ先に人々は慌てて道を譲り、何が起こるのかと脇から覗きこんだ。二人の兵士は口々に言う。

「さあ道を開けろ、騎士団のご到着だ」

「邪魔だてするな、緑旗隊のお帰りだぞ」

――緑旗隊だと! 

その言葉に真っ先に反応したのはシキだった。誰もが騎士団の到着に驚いてはいたが、シキがその中にいて誰より驚いていたに違いない。緑旗隊というのはレノア王国騎士団の中でもある種特別な存在で、王家に一番近い親衛隊、つまり近衛隊である。レノアの王国騎士団には、本隊といくつかの分隊があるが、そのどの隊も紋章は旗の下にうずくまる獅子と決まっている。しかし緑の旗を交差させた緑旗隊の紋章だけは、王家の旗紋章と同じ、交差する剣と両足で立ち上がる獅子なのである。色は違えど王家に一番近い存在である事を示していた。緑旗隊は騎士団に所属はしているが、独立した王家の護衛隊なのである。緑旗隊がいるという事は、そこに王族がいるという事を示しているのだった。

「さあさあどいていろ、さっさと道を開けろ!」

「邪魔だ邪魔だ、蹴散らされたいか!」

物騒な声を上げながら、二人の兵士は道を作っていく。呆然としていたシキは取り残され、気づくと道の中央に立ち尽くしてしまっていた。兵士たちが彼の前に立ちはだかっている。

「おいお前、何を考えている、そこをどけ!」

「レノア王国騎士団、王家直属護衛隊の緑旗隊をなめとるのか?」

「い、いやそんな事はないが……」

「……おい」

「?」

「何様のつもりだ。『そんな事はない』だと? 我々は貴族階級だぞ、平民が対等に話をできる身分ではないのだ!」

「ちょっと待て! いつから緑旗隊はそんなに柄が悪くなった? お前たちの上官はどんな指導をしているんだ」

シキは思わず言い返したが、すぐに今の立場を思い出し、自分の失態を思い知った。

「なぁんだとお? 偉そうに、何が指導だ! 平民が!」

「ええい、邪魔だ!」

そう言うと兵士の一人が槍を突き出す。シキは素早く身をよじってそれをかわし、道の脇へと走った。複雑な感情と、様々な考えが交互に彼を攻めたて、ひどい混乱に陥らせている。

二人の兵士たちは、意気揚々と南門に到達した。すぐに、先導二人によって広く開けられた道を、大勢の騎士たちが埋めた。まずは馬の一団が姿を現す。その先頭を、王家の白い旗と騎士団の青の旗、そして緑旗隊の旗を掲げた三人の兵士が歩いてくる。すぐ後の二頭が、騎士団の中で最も立派な馬だった。毛艶のいい葦毛と、これまた美しい栗毛が飾り立てられている。

背の高い葦毛に乗っているのは、深い緑の鎧を身につけ、真っ直ぐな姿勢で前を向いている体格のいい男で、見たところ四十くらいだろう。栗毛の手綱を握るのは黒い鎧の青年で、やはり背筋をぴんと伸ばしている。こちらは三十前後だろうか。二人とも面をつけていなかったので、その表情がよく見えた。緑の甲冑の男は厳しい顔つきで太い眉をぴくりとも動かさず、まるで人形のような表情だが、栗毛を操る黒い甲冑の男は優しげな笑みを浮かべている。シキはその様子をまんじりともせず眺めていたが、まわりの人々が言い交わす言葉に己の耳を疑った。

「ほら見てごらん、緑旗隊の隊長と副隊長だよ」

「ああ、姫を迎えに行っていたんだろ。サニエール隊長と……」

「副隊長のフォード様!」

「綺麗なお顔立ちだねえ、あの人は……やっぱり貴族様は違うよねぇ」

「なんたって気品があるもの。サニエール隊長は、とてつもなくお強いんでしょ? 騎士団の中でも一番だって言うじゃないさ」

「お父様は大戦の時の英雄でいらしたしねぇ」

「あら、フォード様だってすごいわよ。剣もお上手だし、頭もよいので有名じゃない」

「いやあ、あの人は怒らせたくないね……、国中の女を敵に回すのと同じだもんなぁ」

「フォード副隊長がご結婚されるとなると大変だろうね」

「いやっ、フォード様がご結婚なんて信じられないわぁ」

人々の下賎な噂はひそひそと切れる事もなく続いていたが、シキの心中はそれどころではなかった。レノア王国騎士団、緑旗隊長の副隊長と呼ばれる人間が目の前を通っている、それ自身が、まさに信じられない事実だった。相手は甲冑を身につけ、人々の羨望の眼差しの中、馬を歩かせていく。一方の自分は、平民と間違えられるような服装で、人々に混じってそれを眺める事しか出来ないのだ。もしここで自分が緑旗隊の副隊長だと名乗り出れば、不届き者と罰せられる事は明白である。

それに加え、人々のやり取りから確かになったいくつかの事実も、信じられない事ばかりだった。……やはりこれでは、サナミィの長老が言っていた通りではないのか。態度の悪すぎる兵士も、緑旗隊とも思われない。『姫を迎えに行っていた』などと言っているが、エイクス王に娘はいらっしゃらない。……それに、サニエールにフォードなど、騎士団の中でも聞いた事のない名だ。まして、自分以外の『緑旗隊副隊長』が存在するなど……! それがシキにとって、一番の衝撃だった。「まさか」「そんなはずが」といった言葉ばかりがシキの頭に溢れかえっている。

混乱し、頭の中を整理しきれないシキの目の前を、兵士の乗る馬が何頭も通りすぎていく。その後には美しい馬車が数台、そしてまた騎乗兵の一団が続いていた。そして最後は大勢の歩兵の列である。彼らはみな厳粛な面持ちで、列を崩さぬまま静かに行進していく。シキは彼らをただ見つめている事しか出来なかった。

最後の一人が城門へと吸いこまれ、南門はすぐに閉められた。人々は溜息とともにそれを見守る。シキはようやく我に返ると、あたりの人にいくつかものを尋ねてから、残してきたエイルと双子を案じて駆け戻った。

「あ、帰ってきた!」

「シキ!」

小走りで帰ってくるシキにむかってエイルが駆け出す。それを抱きとめるようにしてシキが立ち止まり、そこへクリフとクレオが追いついた。

「すごかったですね、なんだったんですか、あの集団は」

「びっくりしちゃった」

クリフとクレオは無邪気そうに尋ねる。シキはなんと答えたらいいか迷ってしまった。エイルは、事の意味を理解しているようだ。

「シキ、緑旗隊というのはどういう事だ。あれは、あれは王家の馬車か」

「……レノアの姫が、お戻りになったそうでございます」

「姫ぇ?」

その答えにエイルは、訳が分からないといったように叫ぶ。それを抑えてシキは続けた。

「ここでは目立ちすぎます、まずは街道から離れて……」

「あ、はい。……実は僕らも思ってたんです」

「あの、双子ってすごく目立つみたい。みんな私たちの顔を見ていくんです」

見れば、クレオは先ほどから顔を隠すようにしている。なるほど、同じ顔の子供が二人いれば注目されるのは道理、ただでさえ目立ちたくないのにこれでは……。シキの提案で、四人は人込みから離れた。

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