Legend of The Last Dragon −第六章(6)−

当然のことだが、扉には鍵がかかっていた。

黒い影の男たちは力づくでそれを壊そうと試みたが、思ったほど簡単にはいかないようである。

「裏口に回れ」

一人が抑えた声で言い、数名が裏通りへ回ったが、しばらくすると上手くいかなかったというように首を振って戻ってきた。頑丈な鍵に侵入を阻まれ、男たちはいらだちを隠せない。ついに、一際大きな影が剣を抜き、振り上げた。

「やめろ、馬鹿者」

路地から飛び出した影が、男を止める。ザッツだ。もう一人、男を連れている。最初にいた影はメイソンとヘッジ、それに数名の屈強そうな男たちだった。ザッツはメイソンたちの行動を見越していたかのように、ティレルの宿に現れたのである。

「先走るなと言っておいただろう。勝手に行動を起こしてもらっては困る」

「すみません……ちょっとばかり気が焦って」

ヘッジが禿げ頭を下げる。

――ちっ、なんでばれたんだ。私らだけでシキを捕まえて、褒賞をもらうつもりだったのに……。

「第一、やるならもっと手際よくやれ。そんな事をしたら奴らが目を覚ますだろうが」

ザッツは嘆息した。短絡的な考えで行動されては、彼の思惑もすべて台無しだ。

「あの、鍵が頑丈なんですよ。どうしましょう?」

メイソンの言葉に、ザッツはうんざりした顔を見せる。

「だからお前らには任せておけんと言うんだ」

そう言うと、連れて来た男を前に押し出す。

「アルダ!」

「鍵を開けるのが得意だと言うから雇ったのだが、知り合いか?」

メイソンの宿から逃げ出した下男である。メイソンがエイルたちの荷物を盗もうとした晩から姿を消していた。おかげで俺一人が恥をかいたのだ、とメイソンが睨みつける。アルダは知らぬ振りで視線をかわし、早速と言わんばかりに扉の前にしゃがみこんだ。

「恩知らずめ、ずっと雇ってやっていたのに、一人で逃げやがったな」

「……」

「この野郎、何とか言ったらどうだ!」

メイソンの大声に、ザッツとヘッジが苛立つ。

「うるさい」

「大声を出すな」

二人に怒られ、メイソンは小さくなった。アルダにまで嘲笑され、メイソンは唇を噛んでいる。しかし黙っているほかはない。

しばらくの間アルダは鍵をごそごそといじくっていた。と、鍵が音を立てて開く。それまでのとぼけた雰囲気はかき消され、にわかに緊張感が走る。

「よし」

ザッツが言い、彼らは静かに中へ入った。静まり返る酒場。かすかな月明かりの中に浮かぶ物影の中を、男たちは手探りで進む。

「奴らの部屋は二階のはずだ。階段を探せ」

「奥にあったはずです」

ヘッジが示し、彼らは階段へ向かってそろそろと移動し始める。

「どこへ行くつもりだ」

突然、誰のものとも知れぬ声が彼らの足を止めた。

「だ、誰だ」

「間抜けた質問だな。誰だとは、こちらが問いたい」

シキが呆れた声で言った。腕を組み、階段のすぐ脇の扉を背にしている。

「何をしている! ひっとらえろ!」

ザッツの鋭い声が飛び、雇われた男たちは我に返った。暗闇の中、剣を鞘から抜く音が重なる。

「足だ、右腿を怪我していたはずだ!」

メイソンが後ずさりしながら喚く。足の怪我はまだ治っていないだろうと踏んだのである。男たちはシキを取り囲み、一斉に剣を突き出した。が、そこに目標となる相手の姿はない。

「どうも戦い慣れていないようだな」

「て、てめえ、いつの間に」

シキは、洗練された身のこなしである。男たちが暗闇の中で要領を得ないのに対し、シキは全員の位置を素早く掴んだ。闇雲に振り回される剣を、一つ一つ受け流している。が、やはり右腿の痛みが動きを鈍らせていた。一人の攻撃を受け流した拍子に均衡を崩し、机にかけられた椅子に手をかける。椅子はシキの体重を支えきれず、大きな音を立てて机から落ちた。

「くっ」

かろうじて転びはしなかったものの、シキの体勢は大きく崩れ、ここぞとばかりに複数の剣が振り上げられた。

と、その時である。何かが空気を切り裂いた。

「ぎゃあっ!」

鋭いものが肉に突き刺さる、ぞっとするような音。一人の男が両手で目を押さえ、もんどりうって倒れた。

階段の上、踊り場で灯りを持った少女を背中に、少年が弓を構えている。ザッツは瞬間、机の後ろに身を隠した。クリフが立て続けに何本もの矢を放つ。酒場にいた男たちは騒然と逃げ惑った。メイソンも何とか逃れようと慌てている。

――とにかく、矢の当たらないところへ……! 

メイソンは周囲を見回し、階段脇に駆け寄ると扉に手を伸ばした。

「よせ!」

それを見たシキが声を上げる。だが、メイソンは躊躇いなく扉を開けた。止めようとしたシキに、次々と男たちが打ちかかる。一人にこぶしを打ち込むと、男は昏倒したが、その間に振り下ろされた剣がシキを襲う。短剣で受けたものの、そいつを押しやるには足を踏ん張る力が足りない。シキはじりじりと押された。さらに新たな剣が迫る。

「シキ!」

クレオが叫び声を上げた。その時、メイソンを突き飛ばすようにして、部屋からティレルが走り出てきた。

「危ない!」

ティレルが手にした短剣ごと突進する。混迷を呈した状況で、誰もが息を呑んだ。勢いよくぶつかったティレルは、シキともう一人をも巻き込んで転倒した。机や椅子が大きな音を立てて倒れる。暗闇に目が慣れたザッツが、ここが絶好の機会と、シキに縄を投げかけた。

「エイル、あいつだ! ……みんな伏せて!」

クリフの声の直後、階段から小さな炎が空を切って飛んだ。

「うあぁぁ!」

炎がザッツにまとわりつく。ザッツは喚きながら倒れ、のた打ち回った。

「ま、間に合った……」

階段の上で息をついているのはエイルである。髪は寝癖でぼさぼさだが、目は魔術を成功させた喜びできらきらと輝いていた。

シキは肩にかかっていた縄を払い、すぐに立ち上がってティレルの姿を探した。目が慣れたとは言え、ティレルがどこにいるか、すぐには掴めない。その耳に短い叫び声が飛びこみ、その目にティレルが床に倒れこむのが映る。

ヘッジは最初から隠れ、ずっと様子を伺っていたのである。そして、立ち上がったティレルに狙いを定め、短剣を投げたのだった。

「ティレル!」

クリフたちが慌ててティレルに駆け寄り、その傷が致命傷ではないことを確かめる。シキはその目に怒りを燃やし、机の後ろからヘッジを引きずり出した。

「貴様、どういうつもりだ。狙いは俺じゃないのか!」

剣を突きつけられたヘッジは目を白黒させた。何か話そうにも、シキの剣幕に口を開く余裕もない。

「くそっ、ようやく消えたか……」

ザッツが立ち上がる。ようやく火を消しとめ、焼け焦げた服にしかめ面をしている。火傷はさほどひどくもないようだった。

「ザッツさん!」

声と共にヘッジが視線を送ったが、ザッツは助ける気もないようである。あたりを見回すと、雇った男たちは、いつの間にかほとんどが姿を消していた。ナールが部屋の中からメイソンを引きずり出し、縛り上げている。ザッツは肩をすくめた。

「俺としたことが、無様な結果になったものだ」

クリフとエイルがティレルの部屋に彼女を運び入れ、その間にクレオが火種を持ってきて、灯りをつけていく。少しずつ明るくなると、誰を相手にしていたのかがはっきりしてきた。立っている敵はもはやザッツ一人である。シキはヘッジを縛りながらザッツを見やった。

「お前は……確か、フォマーの部下だな。ラマカサで見た記憶がある」

「ああ」

乱れた髪をかきあげ、ザッツは嘆息した。

「やはり、こいつらを手下に使ったのが失敗だったな」

「ザッツさぁん」

メイソンが情けない声を出す。それにまったく動じない様子で、ザッツは事の次第を吐露し始めた。

「フォマーはやたらと怒っていてな。追討令まで出して必死に捜索している。南へ行ったと知り、俺がデュレーで捕まえることになったわけだが、この様だ。やってられんな。……俺はもう降りる。あんたには悪かったが、これ以上危害を加える気はないから安心してくれ」

「で、どうするつもりだ」

シキが尋ねると、ザッツは冷めた目で答えた。

「さっさと逃げるさ」

「自分の主人を裏切るつもりか」

「はっ、馬鹿らしい。あのちびが忠誠を誓うような相手か? ちょうど、近い内に暇を出そうと思っていたところさ。もう次の働き口は見つけてあるんだ」

「……沈みかけた船を見捨てるねずみのようだな」

「褒め言葉と受け取ろう。俺は世渡りが上手いんだ。……ま、フォマーのところにはろくな人材がいない。あんたも今後、闘技場にさえ行かなきゃ安全だろう。それじゃあな」

身を翻すザッツに、ヘッジとメイソンが泣きつく。

「そ、そんな!」

「私らはどうなるんですか!」

「さあ、知らん。そいつの剣にかかって死ぬってのはどうだ」

「じょ、冗談でしょう」

ヘッジとメイソンの二人が同じような顔で青ざめる。

「いずれにせよ、俺は衛兵が来る前に消えるとしよう」

そう言うと、ザッツは裏口からさっさと姿を消した。

「俺はお前たちを殺したりはしない」

シキの言葉を聞き、ヘッジたちはほっと息をつく。が、次の瞬間、メイソンが飛んだ。丸い体が壁にぶつかり、派手な音をたてて床に落ちる。

「ティレルの怪我のお返しだ。いや、これじゃ足りないか。大体、やったのはお前だったな」

ヘッジを睨む。先ほどまでザッツが味方に付いていると思って強気な表情だったヘッジは、手の平を返すように卑屈な態度である。

「いーやいやいやいや! もう十分です! 申し訳ない! もうしませんから!」

「当たり前だ。まだ何かするようなら、今度は斬るぞ」

「ひぃ」

ヘッジは床に頭をこすり付けるようにして目を閉じる。メイソンは白目を剥き、口から泡を吹いて床に転がったままだ。少し前から、誰かが繰り返し扉を叩いている。我に返ったナールが開けると、警備隊の隊員が数名立っていた。

「物騒な物音がするという通報があり、急ぎ駆けつけた」

「このような夜更けに何の騒ぎか」

彼らの目には、縛り上げられたヘッジと床に転がったメイソン、困ったような顔のナール、宿屋の客らしき者が数名映っている。その様子から、今の今まで乱闘していたことが見て取れる。

「何があった? 宿屋ギルドの長を縛り上げて……」

シキが冷静に答える。

「目的は知らないが、こいつらが宿に忍び込んできて、襲われたんだ。我々はそれを撃退したまで」

「まさか、誰がそんなみっともない真似をするものですか。私はギルド長ですよ。彼らが嘘をついているんです」

ヘッジが釈明を始める。エイルは怒り心頭である。

「ふざけるな!」

「私は知らんな。ちょっと頼みますよ、このふざけた縄を解いて下さい」

素知らぬ顔でヘッジが警備兵に声をかける。ヘッジは長年宿屋ギルドの長として働いてきた人物だ。信用もある。うろたえる衛兵を見て、これはいけると踏んだのか、ヘッジがさらに畳みこんだ。

「私が何故彼らを襲わなきゃなんないんです? ねえ……」

と、顔を上げたヘッジは、シキの凍りつくような視線をまともに受けた。

「い、いや、その……あの……」

「襲われたのは確かだ。だが、証人の大部分は逃げてしまった。そいつらも証人だが……余所者の言うことは信用ならないか?」

「そういうわけではないが……」

衛兵たちは、たじたじとしてお互いに顔を見合せている。状況からすれば、シキの方が正しいように思えるが、本当にギルド長がそんな事をするものだろうか。どちらを信用したものかと悩んでいるのだ。

「彼の言うことは間違っていない」

ナールが進み出た。無言で階段脇の部屋を示す。それ以上何も言わないナールを見て、クリフが説明を始めた。

「あそこの部屋に、ティレルが寝てるんだ。怪我をさせられて。そこのヘッジがやったんだよ。背中に剣を投げて。剣はヘッジのものだと思う。回復すれば、彼女も証言するはずだ」

「何と」

警備兵たちは再び顔を見合わせ、ついに隊長らしき人物が口を開いた。

「ともかく、二人には御同行願おう。君らも明日の朝、詰め所に出頭するように。事の真偽を確かめねばならんからな。ここで捕まえるようなことはしないが、間違っても逃げるような真似はしないように」

そう言うと、警備兵たちはヘッジとメイソンを連れ、宿から出て行った。

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