Legend of The Last Dragon −第七章(1)−

リュークという青年は案内役であるはずだった。彼自身がそう言ったのだから。だが彼は、「チェジャの宿屋で会おう」と言い残して姿を消してしまった。シキたちはあっけに取られ、次に憤慨したが、リュークの姿は既にない。仕方がないので、彼らは相も変わらず四人のままで旅を続けるしかなかった。

デュレーの町を出発し、なだらかな山肌を数日かけて下りる。

高所から見ると、遠くに砂漠が霞んでいるのが分かる。そこには、何もなかった。ただ黄土色の砂が延々と波打っているだけである。地平線の先は遠く、かすかに揺らぐ蜃気楼。砂漠の民であるセサルに話は聞いていたものの、実際に目にした光景は、頭の中で想像していたものをあっさりと超えていた。

――あの先は不毛の土地だ。人が住めるところではない。

長い間、そう判断されていたのは当然だったろう。クリフは初めて見たこの景色に圧倒されていた。もちろんそれは彼だけではない。旅慣れていると自負していたシキですら、山脈以南に足を踏み入れたのは初めてで、砂漠の様相には少々気圧(けお)されていたのである。

「これは……覚悟が要るな」

そう呟くシキに、双子とエイルは無言のまま同意した。

山を下ったらすぐ砂漠と思っていた彼らの予想は裏切られた。緑生い茂る、というほどではないが、短い下草や低木がちらほらと生える荒れ地が眼下に広がっている。道行く旅人に聞くと、山を下りて砂漠までの間にはいくつかの町や村もあるという。

山脈と別れを告げ、平坦な道を辿っていく。迷うほどの道でもない。四人はそう難儀することもなく、チェジャへと入ることが出来た。

「白い町」と呼ばれるチェジャは、その名の通りのところだった。煉瓦や石を積み上げて造った平屋が続く町並みは、色素を失ったようだ。どこも同じように白茶けている。道路は、石を敷いてあることには敷いてあるのだが、石の半分以上は砂にまみれている。人々は一様に白い大きな布を頭からかぶり、黒々とした目だけをその奥から覗かせていた。旅人らしき者も見かけはするが、彼らでさえも町の人々と同じような布を頭から巻きつけており、それは一種異様な光景であった。山とは打って変わって、歩いていれば汗ばむほどの暑さではあるが、生活できぬほどの暑さではない。だが町には活気がなく、人々は来訪者への興味より、普段と変わらぬ生活を送ることに執心しているように見えた。

通りには、馬ではなく駱駝が行き交っている。商店は、露店を出してはいない。商品を日射しと熱から守るためだ。広場に唯一出ているのは大きな石造りの釜だけだった。それはパンを焼くための釜で、市民が共有して使っているらしい。井戸は見当たらず、聞くところによると、水を得るには町から一ロッカほど離れたところにある大井戸まで行かなければならないのだそうだ。そしてそれは女の仕事なのだという。確かに、大きな瓶(かめ)を頭に乗せた女が時折歩いている。若い娘から年を取った老女まで、みな一様に重そうな瓶を頭に乗せ、器用に平衡を保って歩いていた。

こうした独特な街の雰囲気は、やはり山脈以北の町々とは違う。異様とまでは思わずとも、見慣れない町の景色。四人は自分たちが異邦人であると実感させられていた。

とにかく、まずはあのリュークとかいう若者と合流しなければならない。確か彼は「チェジャの宿で待っている」、そう言ったはずだ。チェジャは、さほど大きな町ではない。聞けば宿屋は二軒しかないと言う。一軒はブリーという男が経営する宿。もう一軒はルゾーラという女が経営する宿だそうだ。どちらも客の出入りはそれなりにあるが、そんなに本格的なものではないらしい。さて、リュークはどちらの宿にいるのだろうか。

「ルゾーラというのは若い女か?」

シキにしては珍しい問いである。問われた男はにやりとした。

「いや、やせっぽちのばあさんさ。だが孫娘は美しいからな、一見の価値はあるぜ」

「そっちの宿だな」

「あの男の性格を考えると」

「間違いないでしょうね」

四人は頷きあってルゾーラの宿に向かった。

家々に扉はなく、入口には布が垂れ下がっているのみだ。木の扉がある家でも、隙間だらけである。風通しのためにそうしてあるのだろうが、そのせいで、どの家も砂が中まで入り込んでいる。ざらざらとした感触を布靴の底に感じながら、四人はルゾーラの宿に入っていった。宿はごく小さな造りで、一見するとそこらの民家と変わらない。家は奥に向かって長く伸びており、どうもそちらの方に客を寝泊りさせているようだ。

「いらっしゃい、四人さん?」

女主人らしき老婆が声をかけてくる。さすがに家の中でまであの大きな白い布を巻きつけてはいない。だが砂埃にまみれたような白茶けた服は、他の人々と同じく、どこか空とぼけたような印象を与える。妙にひょろっとした色黒の首が、服の上に長く突き出ていた。

「人と待ち合わせをしたいのだが……」

シキが尋ねると彼女は頷き、無造作に置いてある椅子を勧めてくれた。

「お連れさんは? まだ? じゃあ来るまでそこで待っているといいよ。何か飲むかい? たいしたものは出せないけど」

「冷たいものが飲みたい」

額の汗を拭ったエイルに、女主人は笑って首を振った。

「この町に冷たいものなんかないよ」

四人に、お世辞にも冷たいとは言えぬ茶を出し、年老いた女主人は一行をじっと観察した。少年と少女は仲が良さそうな兄弟だ。よく似ている。不思議な印象だ。二人は顔を寄せて何か話している。もう一人の少年は柔らかな巻き毛を汗に濡らし、愛らしい顔を暑さに歪めている。服に風を通しては、何度も息を吐く。可哀想に、慣れぬ暑さに参っているのだ。残る一人の青年が四人のまとめ役だろうと思われた。暑苦しさを感じさせない、涼やかな顔。だが、子供たちを連れての旅はさぞかし苦労も多かろう。

女主人はシキに近づき、椅子に腰掛けて話しかけた。

「あんたら、北から来たんだね」

「確かにそうだが、何故そう分かる?」

「南から砂漠を越えてきたならそんな格好はしちゃいないさ。この町の人々の格好を見たろう? 何も洒落めかして着てるんじゃない。必要に駆られて仕方なく着てるのさ。ここらの日射しは暑すぎて、肌をさらしてたら焼けちまうからね」

四人は暑さのため、半袖の上着を身につけていた。帽子や日除けも特に身につけてはいない。だが、言われてみれば確かに、肌に突き刺さるような日射しが、もはやうっすらと肌の色を変えている。エイルなどは元が色白なので、余計に目立つ。肌が赤くなり、痛そうだ。

「そのまんまの格好で過ごせるのはせいぜいここらまで。これより南へ行ったら、日焼けどころかただれちまうよ。それに体中が熱を持って、到底生きてはいけないね。砂漠を越えるなんてもってのほかさ。あんたら、南へ行くんならもっときちんと考えた方が……」

「なぁんだお前ら、まだ準備してなかったのかよ」

女主人の言葉に割って入ったのは、今しがた宿の入り口をくぐって入ってきたリュークだった。

「おいおい何してたんだ、悠長に茶なんか飲みやがって」

「そういう言い方はないでしょ、あなたが宿屋で待ってるって言ったんじゃない」

クレオが持ち前の気性で食って掛かる。だがリュークは聞いてもいないようだ。

「見たとこ、何一つ準備出来てないな。まあいい。何も知らないから大目に見てやるとして……んー、まずは駱駝だな。それからバージ……」

「バージって何さ」

「そこらじゅうのやつらが着てるだろ、あの大きな布のことだよ。熱よけ、暑さよけ、風よけ、砂よけ……夜にゃ寒さよけにもなる。ああ、毛布も要るな。それと水に食料を買い込まなきゃ。この人数だと駱駝が余計に一頭必要かもしれねえなあ」

リュークはつらつらと続けた。クレオはあっけに取られ、エイルは仏頂面で黙っている。だがリュークは彼らの視線やその意味をまったく分かっていないようだ。あるいは分かっていても気に留めていないのか。地図を取り出し、指さして各地点を示した。

「これがこの町の全体図だ。食料品はここで買える。ちゃんと値切れよ。水はここだ。革袋に入れてもらえ。あんまりあっても腐るだけだからな、数日分でいい。バージと毛布はここな。結構な値段するけど、枚数買うから安くしろってごねろ。この店のじじいは割としぶといが、長時間やってりゃ必ずあっちが折れるから諦めるな。あと必要なのは駱駝だが、これは俺が手配しとくから心配いらない。じゃ、行ってきな」

一息でこれだけを言うと、リュークは地図をシキに押し付けるようにして渡し、女主人へと振り返った。

「よおルゾーラ、孫娘は元気にやってるかい?」

「馬鹿お言いじゃないよ、この間あんたに振られてから泣きっぱなしさ」

「振ったつもりはないぜ。俺は彼女一人のものになれやしないって言っただけさ。世界中で俺を待っていてくれる女の子たちに会いに行かなくちゃいけないからな」

「まったくもう……。ま、女を泣かせるようじゃ、あんたもまだまだだってことだね」

「参ったな、ははは」

シキたちは呆れ返って言葉も出なかった。だが、とにもかくにも砂漠への準備をしなければならない。リュークという男は軽薄だけれども抜かりはないようだ。セサルも、案内役がいなければ砂漠は越えられないと言っていた。頼りになるだろう案内役の性格や行動に、逐一腹を立ててもいられない。結局四人は何も言わぬまま、ルゾーラの宿を後にした。

駱駝は六頭いた。思い思いの場所に立って水を飲んだり、膝を折って座ったりしている。リュークがどういう手段で手に入れたかは分からないが、みなおっとりとした顔をして四人を待っていた。シキたちが準備した荷物はちょっとした小山になって、駱駝たちの近くに積まれている。

駱駝を間近で見ると、思ったより大きい。短い毛は固く、ごわついている。こんな動物に乗っていくのかとエイルは目を回した。

「一人一頭だ。好きなやつに乗りな。六頭目に余った荷物を乗せていく」

リュークに急き立てられるようにして、彼らは乗ったこともない駱駝に押し上げられた。一番苦労したのはエイルである。馬にもまだ一人では上手く乗れないのに、馬より大きな駱駝を一人で操るというのは至難の業だ。だがリュークはシキのように甘くはなかった。エイルが下りる下りると騒いでも聞く耳を持たず、シキにも手を出させなかった。

「あんたが手を貸してちゃいつまで経っても乗れるようになんねえよ。何だって自分でやれるようになんなくちゃ生きていけねえだろ」

リュークは、エイルが本来は一国の王子だと知っているはずなのだが、本当には信じてはいないのか、あるいはわざと無視しているのか、攻撃の手を緩めることはなかった。もちろん、当人は攻撃しているつもりなど毛頭ない。子供の頃から一人で生きてきたリュークにとって、エイルは単なる甘ったれた子供に見えるのであって、そのわがままは聞き入れられるものではないのだった。リュークは物心ついた時から、自分一人の力を頼って生きてきたのである。二人の育ってきた環境は、まったく違った考え方を二人にもたらしていた。

――大体、周りの奴らも甘すぎるぜ。コーウェンまでに俺がきっちり躾(しつ)けてやる。

リュークには、エイルの甘えの原因はシキにもあると思えるのだった。甘やかしていては何も出来るようにはならない。一度や二度駱駝から落ちたところで、死にはしないのだ。その言葉にシキは目をむいた。だがリュークは、「エイルが王族だろうがなんだろうが知ったこっちゃない」と続ける。

「ここらのガキはお前よかずっと小さな奴だって、上手に駱駝を操るぜ。王族だろうとなんだろうと、お前に出来ないわけがない」

リュークの偉そうな口の利き方には腹が立つエイルだったが、リュークが自分を子供扱いしないことだけは嬉しかった。

「いいか、俺は甘くねえ。だが、砂漠とくらべりゃ大甘だ。砂漠じゃ、どんなやつでも自分の世話をするので精一杯になる。誰もお前の面倒なんか見ちゃくれねえ。何でも自分でやるんだ。いいな」

リュークの言葉に、エイルは殊勝にも黙って頷いた。自分は砂漠になど行ったこともないし、セサルに話を聞いただけで、砂漠のことなど何も知らぬに等しい。だがリュークは何度も渡っているのだ。経験者の意見は聞くべきだと、小さな頃からジルクに口うるさく言われたことを思い出す。

――この際、口の利き方が悪いのは許してやろう。特別に、だ。

エイルはそう自分を納得させた。文句を言うより、大きな駱駝の手綱を操る方が忙しいというのも事実だったが。

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