Legend of The Last Dragon −第七章(7)−

砂漠の夜が白々と明けようとしている。

やがて東の地平線に金の線が走ったかと思うと、その中央から眩(まばゆ)い光が広がり、ハーディスがその大きな顔(かんばせ)を地上に現した。徐々に盛り上がるハーディスは、やがてその黄金色の光で砂漠を染め、大地を満たしていった。そして、じりじりと焼け付くような熱気があたりを覆い始める。

昼は暑さを避けて木陰で過ごし、夜は見回りと火の番をするだけの日々が繰り返されていた。朝と夕方、部落からイカルとシーメが食事を運びに来る以外、一人として訪れる者もなく、ただただ静かな時間が過ぎていく。遺跡荒らしと称される者も、一向にその姿を現さないようだ。情報を求めようにも、イカルたちはいつもそそくさと帰ってしまうし、彼らが何か重要なことを知っているとも思えないのだった。

「もうやめようぜ」

ついにリュークがそう言い出した。

「いい加減長すぎる。冗談じゃねえよ、いつまでやりゃいいんだ」

「そうは言っても……」

「食糧をもらうためでしょ?」

クリフは困惑気味である。クレオも、自分の答えに自信がなさそうだ。

「見張りをしたからって食糧を分けてくれるとは限らないんだぜ。何の約束もしてねえからな」

「そう言うな」

苦笑しながら言ったのはシキである。

「もしや今晩にも夜盗などが現れ、遺跡を荒らすかもしれん」

「あんたはそう言うが、何の根拠もないじゃないか。昨日も、一昨日も、その前も! なーんもねえ! 明日以降も続くさ!」

「それは……」

口ごもるシキに、リュークは口早に畳み掛けた。

「いつ現れるかも分からん遺跡荒らしを捕まえなきゃ、この仕事は終わらねえ。いや、いつになっても終わりゃしねえよ。第一、元からあいつらの策略かも知れないじゃないか」

「何が言いたい」

「嘘だってことだよ。遺跡荒らしとか何とか、全部さ。外部から来た俺たちをはめたんだ」

「まあ、そうだな。そうかもしれん」

「だろ? だとしたらやる意味なんか……」

「だが我々をはめて、彼らに何の得がある」

「……」

「毎日、朝晩と食事を届けてくれているんだぞ。簡単なものだが、五人分の食事だ。もう十日以上になる。我々をここに足止めしたいだけなら、彼らがそんな犠牲を払うだろうか」

「私が思うに」

エイルが口を挟む。

「恐らくこれは試練なのだろう」

「試練?」

双子が口を揃え、同時に首を傾げた。

「つまり、彼らは私たちを試しているのだ。理不尽な要求にどこまで耐えるか、と。食事を提供しているのだから、見張り自体にも意味はあるのだろうが、恐らくそれ以上に試練の意味合いが強いと思う。私たちがもう止めたいと言い出せばそこで終わり。当然、食糧などはもらえず、部落を追い出され、砂漠の真ん中で飢え死にするだけだ。勝手に逃げ出したところで結果は同じだな」

「じゃあ、あいつらに認められるまでここにいろってのか」

リュークが飽きれ返った顔で髪をかきあげる。冗談じゃない、といった様子だ。シキが慰めるように言って聞かせる。

「我々は、彼らの信用を得なくてはならない。そのためにはまず我々が相手を信じることが大切だ。理不尽な要求にせよ、誠実に応えれば気持ちは通じるものだ。このままここにいても死ぬわけでもない。どうあっても急がねばならんという事情があるわけでもない。我慢しよう、リューク」

「……馬鹿馬鹿しい」

リュークはそう吐いて捨てたが、それ以上文句を言う気はないようだった。力なく丸太に腰掛け、大きく息を吐く。

そんなやり取りがあってから、さらに数日後が経過した。

まともに見回りをする気もないリュークが、見回りと称した朝の散歩から帰ってくると、天幕のそばに駱駝が三頭立っているのが目に入った。いつもならもう少し遅い時間、それもイカルとシーメが乗ってくる駱駝は二頭のはずなのに、と目を凝らす。

「女だな」

その服装から、どうやら女性らしいと見当がつく。だが、リュークはつまらなそうに嘆息した。女性と見れば元気が出るはずのリュークだが、彼らしくもない。

「どうもなあ……砂漠の民の女ってのは潤いが足りなくて」

非常に無礼な言葉を呟きながら、リュークは天幕のあたりへ戻っていく。どうやらシキたちも起き出して、彼らの存在に気づいたようだ。

「朝早くからすまないね」

イカルとシーメが食事を用意している横で、もう一人の女が言った。頭と顔に巻いた白い布から、黒い綺麗な瞳を覗かせている。

「昨日まで所用で町へ行っていたんだけど、帰ってきたらセサルの知り合いらしいのが来てるって聞いてさ。話を聞かせてもらおうと思って来たんだ」

語気は強いが、瞳から伺える表情は柔らかく、若々しい。どこか、そわそわしているようにも見える。部落で話をした男たちのように頑なな様子は感じられなかった。

「もしかして、レザ、さん?」

クリフの声に、驚いたような色が瞳に浮かぶ。彼女は巻いていた布を外し、その顔を外気にさらした。硬そうな髪と日焼けした肌が、彼女もまた砂漠の民であることを思わせる。

「なんであたしの名前を知ってるのさ」

「やっぱり! そんな気がしたの!」

クレオもクリフと同じことを考えていたのだろう、嬉しそうに手を叩いた。

「セサルに聞いたの。彼、元気でやってるわ。レザに会ったらそう伝えてって言われてたの」

「俺らはデュレーで会ったんだけど、これからまだ北へ行くって言ってたよ。もっと色々な経験をしなくちゃって、成人の儀式だからって」

「セサルがそう言ってたの……。じゃあやっぱりあんたたち、セサルと知り合いだったんだね。第一、悪い人間には見えないよ。ま、長老たちは頭が固いからな」

レザはそう言ってくすりと笑った。シーメが嬉しそうな顔を見せる。

「じゃあ、もう終わりでいいの?」

彼女の言葉は、遺跡荒らしが存在しないと裏付けるようなものだったが、リュークもそれを咎めはしなかった。「助かったぜ」と伸びをしている。イカルは相変わらず無愛想だったが、それは彼の生来の性格によるところも大きいようだ。朝食を終えた一向は、無言のまま案内するイカルに従って村へと戻った。夜営を始めてから、半月ほど経っている。レノアの暦ではそろそろ年が明けようという頃だ。

村へ戻ると、すぐに長老のツギへ案内された。中ではこの前と同じように長老がかまどの前に座っている。隣の青年が自分の兄だ、とレザが耳打ちする。彼らは相変わらず険しい顔つきではあったが、当初のような攻撃的な視線は向けられなかった。

「……よく耐えたことじゃ」

長老がくぐもったような声で言う。シキが応えて頭を下げ、双子は嬉しそうに顔を見合わせた。リュークとエイルは二人してそっぽを向いている。

「レザが、間違いなくセサルの知り合いだと言うでな。これ以上疑うことはなかろうという話になった。……途中で嘘だとは思わんかったか?」

リュークが小さく何かを呟く。それにちらと目をやり、だがシキは首を振った。

「真実でも、嘘でも、同じことです。頼まれた仕事を放り出すわけにはいきませんから」

「うむ。やはり悪い人間ではなさそうじゃな。……遺跡荒らしの話自体は嘘ではなかった。が、まあここ一年ほどは姿を現しておらん」

「ち、やっぱりな」

舌打ちをするリュークを、レザの兄がじろりと睨む。リュークは小さく舌を出して横を向いた。

「しかしよく見張りを続けてくれた。この半月、お前たちがこの部落の安全を守っていたのは確かなことだ。我々はお前たちを客人と認め、食糧を分け与えると約束しよう」

約束通り、彼らが砂漠を出るまでに足る食糧はすぐに用意され、彼らは丁重に礼を言った。レザは申し訳なさそうな顔だ。

「長い間、足止めをさせてしまって済まなかったね。私がもう少し早く帰っていれば……」

「いや、構わぬ」

「レザのせいじゃない。何にせよ、会えて良かった」

「セサルが無事にやってるって分かって良かったよ。ありがとうね」

「彼が帰ってきたら、結婚するの?」

クレオの問いに、レザは日焼けした頬を赤く染めた。

「うん、そういう約束だから。待っているのは辛いけど、それもこの部族の女の務めなんだ」

「早く帰ってくるといいね」

「ありがとう。あんたたちも気をつけて行きなよ。王都へ行くのかい?」

その問いに、リュークが頷いて応えた。

「ああ、目的地はコーウェンだが、街道を通って行くのが早道だからな」

「ヤーデの加護がありますように」

部落の男たちは部外者たちが入ってきても出て行っても、いつもと変わらない。イカル少年もクーヤンの世話をしている。見送りはレザとシーメだけだった。

砂漠の始まりがどことは線が引けないように、終わりもまたはっきりと分かるわけではない。砂上をのそり、のそりと歩く駱駝の足が徐々に埋もれなくなり、固い大地を踏みしめるようになってくる。景色はゆっくりと移ろい、砂漠の様相も緩やかに様変わりしていく。やがて隊商宿の大きな白い建物と、多くの馬と駱駝が囲いの中にいるのが目に入った。長く付き合った駱駝たちとも、ここでお別れである。そしてこの隊商宿から南、王都マイセールへ向かって、街道が再び始まるのだった。あれだけあった砂はいつの間にか姿を消し、乾燥してひび割れた大地が広がる中を、石畳の街道はまっすぐ王都へと続いていく。振り返れば、ヤーデの向こうに山脈が霞んでいた。

エイルは一人で馬に乗ると言い、シキはそれを許した。マイオセールまでは馬で数日の距離である。野宿を繰り返しながら、暑い大地を行く。辺りに村や町はなく、ひたすら荒野が続くばかり。一行は口数も少なく、ただ馬を走らせ続けた。

ルセールの王都マイオセール。

その昔、勇者マイオスがこの砂漠を踏破し、生き残ったほんの僅かな人々と作り上げた、南の王国の首都である。水源から湧き出る水を発見しなかったら、ルセール建国の夢も潰えただろう。勇者マイオスは力を備え、人望もあり、そして何より運命の神クタールに魅入られていたのである。

だが、そのマイオセールは今、荒れ果てた姿を晒していた。修繕された建物もあるが、王都のあちこちには焼け焦げた跡がまだまだ残っている。人々は竜の襲撃直後に比べれば気力を取り戻し、生活を立て直しつつあったが、統治者のいなくなった都はいまだ混乱の最中(さなか)にあるようだった。

馬を走らせて荒野を抜けてきた一行は、その様を目にして言葉を失っていた。エイルが呟く。

「治安も乱れているだろう。犠牲になるのはいつも民だ。早く王国が復活し、機能するといいが」

それに、リュークが冷たい声で応えた。

「王族で生き残ったのはサーナ一人。心に傷を負い、言葉を発することも出来ない八歳の少女一人だ」

「……」

マイオセールの、そしてルセールの未来はどうなるのだろうか。以前と同じような活気を取り戻し、都市がきちんと復興するまでにどれだけの時間がかかるのだろうか。そこには想像もつかないほど多くの苦難が待ち受けているだろう。八歳の皇女には過酷すぎる重責が課せられている。

「急ぐぞ。まだ先は長いんだ」

リュークは短く言い、馬の手綱を引く。港町コーウェンは王都からはるか東。目的地はまだ、遠い。

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