Legend of The Last Dragon −第四章(2)−

街道を辿っていると、旅人に出会う事も少なくない。特に多いのが商人たちの交易隊、いわゆる隊商だった。商人たちは旅の道中、互いの安全を高めるために馬や馬車などを何台も用意する。また彼らは、積み荷と商人の安全を守るために、金を出し合って傭兵を雇う。傭兵がいれば野盗も襲いづらいからだ。そうして大人数で移動する商人の団体を「隊商」と呼ぶのである。

字の勉強をしていたクリフたちの前を通りがかったのも、そういった隊商の一つだった。タースク方面からやってきたその隊商は、どうやらここで二手に分かれるようだ。先頭に立っていた男が傭兵頭のようで、傭兵たちに指示を与えている。商人たちが荷物を積みなおし、馬車が北行きと南行きに分けられる様子を見ていると、暇そうにしていた傭兵たちの一人が近づいてきた。濃い青髪の傭兵は青銅の軽装鎧を身に着け、安そうな剣を腰に差している。

「よう、あんたらどっちへ行くんだ」

その粗野なしゃべり方は、四人に良い印象を与えたとは言えなかった。素早く立ち上がっていたシキが、さりげなくエイルを後ろにかばう。どんな人物とも知れぬ相手を主君に近づけさせまいとするのはシキの習性である。今では無意識にやってのける。

「俺たちは南へ行く」

「じゃあ俺と一緒だな、おい。え、どこまで行くんだよ」

「答える義務はないと思うが」

「あぁん? 随分と冷てぇなあ。別にいいじゃねぇか。なぁおい、何もついてこうってんじゃねぇんだしよ」

「……とりあえずは、ラマカサまで行くつもりだ」

「へーぇ、今からじゃ急がねぇと日が暮れちまうぜ、ひゃはは」

シキと傭兵は向かい合うように立っていた。双子はさりげなく顔を隠しながら、事の成り行きを見守っている。ふと、傭兵は真剣な眼差しになり、腕を組んでじろじろとシキを眺め回した。

「ははぁ、あんた剣士か。いい体つきしてんなぁ。それにその剣、すげぇ値打ちもんだろ、いや俺には分かるぜ。そんな長いの振り回せるってんなら、よっぽどの腕だね……ラマカサ行くっつったなぁ? んじゃ、また闘技場で会うかも知れねぇな。そんときゃ、よろしく頼むぜぇ」

そう言ってにやりと笑う。後ろから傭兵頭の声がかかり、傭兵はお呼びだとばかりに身を翻して去って行った。商人たちに合わせて、傭兵たちも二手に分かれるとそれぞれ馬に跨(またが)る。四人の目の前を隊商が通り過ぎ、がらがらという馬車の音が遠ざかっていく。

「さあ俺たちもそろそろ出発しよう」

この調子では、日が暮れる前にラマカサへは到底着けないだろう。しかしシキとしては、出来る限り歩を進めておきたいところだった。再び退屈な道のりを辿り始めた彼らの中で、クリフとクレオが首を捻っている。

「どうした」

「や、その……」

「さっきの人が言ってた、闘技場って何なのかなって」

サナミィのような田舎の村には大きな施設が全くと言っていい程なかった。一番大きい建物と言えば、二階建ての村長の屋敷である。イルバのような大きな街には闘技場がある場合が多いのだが、生憎(あいにく)クリフたちはいまだに見た事がなかった。田舎育ちの双子にとって、闘技場などというのは聞いた事もない単語だったのだ。素朴な疑問に、シキが優しく答える。

「何というか……まあ簡単に言えば金稼ぎが出来るところだ。一人対一人で闘い、勝った者に賞金が与えられる。地方によっては賭けが行われるところもあるらしいな。勝ち進めばいくらでも儲かるわけだが、無論それだけの強さがなくてはな」

「それじゃシキ様……じゃなかった、シキが出れば絶対勝つんじゃない? 私たち、お金持ちになれるかな」

クレオが興奮気味に言うと、今まで黙っていたエイルが馬鹿にしたようにクレオを睨んだ。

「貴族が出るわけないだろう。あんなのは一般階級市民がやるものだ。まあ、見世物としては面白いけどな」

「何よ、えっらそーに。どうせあんたなんか出たって一回も勝てないから」

「なんだと、貴様!」

「まあまあ」

馬上で睨み合う二人に、シキが仲裁に入る。

「貴族が出てはならんという決まりはないが、出たがる者はまずいない。騎士には王宮での正式な儀式や祭典がある。腕試しはそっちでやればいいのだからな」

「そっか。……うーん、想像も出来ないなあ。今はこうして並んでるけど、シキもエイルも本当はお城にいてさ、俺たちなんか口も利けなくてさ……って、こういうのも話さない方がいいのかな」

「今はいいが、人のいるところではやめておいた方が無難だろうな」

シキはそう言って笑う。このところ、シキがよく笑うようになった気がする、とクレオは思った。レノアの城下町やイルバで再会した頃は、シキはいつも考え込んでいて辛そうだった。しかし近頃は、こうして声を上げて笑うことが心なしか増えたような気がするのだった。クレオは心の中でそっと呟く。

――笑ってる方が、いいな。やっぱり……。

「シキ、私は疲れたぞ」

クレオの思考に割り入った声の主は、言わずもがなエイルである。体を捻ってシキに馬を止めるよう指示している。クレオは空を振り仰いだ。吐き出した息が、広々とした冬空に吸い込まれていく。

左手に広がる空に夕焼けが滲んでいる。右を見れば、地平線近くに小さな星が輝きだしていた。ひんやりとした夜が、ひそかに忍び寄ってきている。

遥か遠くまで緩やかに続いていく丘。その間に畑や街道が見え隠れし、家々が寄り集まった小さな村もぽつんぽつんと見える。遠くに見える地平線を辿って見ていけば、これから進む先、南の方角にはシンジゴ山脈が黒々としたその姿を横たえていた。

「いつまでかかるんだ、この私を寒空に放り出したままで、手間取りすぎだぞ」

天幕を張ろうと悪戦苦闘しているクリフとクレオに向かって、エイルが高飛車に言う。シキは薪を拾いに行っているし、双子は忙しい。エイルに構っている暇はない、という態度が、癪にさわって仕方がない。しかし彼は、口が裂けてもそれを言うつもりはなかった。クレオは「これ以上喧嘩しても始まらないよ」とクリフになだめられ、聞こえない振りを装っている。無視された事に腹を立てたエイルは、ひときわ声高になった。

「レノアの王子たる私が、お前たちに合わせて野宿してやるというだけでも、大変な譲歩なのだぞ。これだけお前たちに合わせてやっているのだから、私の座る場所くらい提供したらどうなんだ」

二人は相手にしている暇はないとばかりに、黙って作業を続ける。エイルはひるむ事もなく、いよいよ早口でまくし立てた。

「全く、王子たる私が野宿だなんて、信じられないな! 月明かりの下で、土の上に寝ろだなんて極悪非道だと言うんだ。食事すら机でさせないとはひどいものだ。ああ私はなんて惨めなんだ。運命の神クタールよ、レノアの守護神にして知恵者であるバダッフよ、こんな事が許されていいものなのだろうか」

「ちょっと!」

「なんだ」

「『なんだ』じゃないでしょ、私にはクレオって立派な名前があります! それより、いくらなんでも言いすぎよ。何度も言うけどね、辛いのはみんな同じです!」

「王子である私と一般階級であるお前たちが、同じで良いはずがあるものか。いいか、私は寛容だ。羽の布団と柔らかな寝床を用意しろとは言わん。ただ座る場所を用意しろと言っているだけなのだ。あと、食事ももう少しまともなものを用意してもらいたいものだな」

「もう! 何度言ったら分かるの? 出来るわけないでしょ、そんな事!」

「ク、クレオ、まあいいじゃない。エイルは王子様だもの、こういう暮らしに慣れてないんだよ」

「何言ってんのよ、クリフまで。だからって何言ってもいいって事にはならないじゃない!」

怒り心頭に達したとでも言うように、クレオは顔を赤くして喚き散らしている。当のエイルはといえば、出来上がった天幕の中にもぐりこむ始末。それを見たクレオは、再び沸騰している。そこへシキが帰ってきた。

「クレオ」

「あ……」

「気持ちは良く分かる。だが、エイル様はこちらへ来て間もない。クリフが言うように、元々の生活とはかなり差もあるし、ある程度は目をつぶってやって欲しい。頼む」

シキの深い緑の目に見つめられると、急に黙るクレオである。クリフがその顔を覗き込み、無邪気に尋ねた。

「何だよ、そんなに落ち込むなよ」

「……馬鹿っ」

「何で俺が馬鹿なんだよ?」

「いいの! ほら、薪に火をつけなきゃ!」

シキはその様子を見て微笑んだ。

――サナミィで初めて出会った頃は全く見分けがつかなかったものだが……。

サナミィでの事が、もうずっと遠い昔のような気がする。たかが半年、されど半年。相変わらず仕草などはそっくりだが、双子はそれぞれに成長している。クリフはこのところ成長期なのか、よく食べるようになり、シキが毎日欠かさない訓練に付き合うようになった。変声期を迎えたのか、かれたような声でしゃべる事もある。クレオは逆に声が少し高くなってきたように思える。野宿をする時はクレオが料理を作る。元々好きで得意だと言うが、限られた食料で様々なものを作り出す知恵は感心に値するものだ。

双子とはレノアで別れ、イルバで再会し、それからずっと一緒に旅をしてきた。最初の頃は、王子であるエイルに加え、旅慣れていない二人を足手まといとすら思ったものだったが、もうそんな事はない。まるで弟と妹が出来たように、シキは同じ顔の二人を大切にしていた。

エイルは天幕の中でくつろぎ、クリフとクレオは火を焚きつけるのに夢中になっている。それを見やって、シキは再び顔をほころばせた。質素ではあると同時に、無駄のない生活。旅の暮らしは楽ではなかったが、シキにとっては、宮廷暮らしよりも性に合っている、という気がするのである。

冬の寒さが彼らを包み、焚き火のはじける音とともに夜は更けていった。

一本の街道が、レノア城下町から南へと出発する。とりあえずの到達点はシンジゴ山脈だ。山脈を越えた向こうは砂漠、そしてルセールである。山脈付近は荒地で、人家もかなり少なくなる。このあたりを通るのは旅人ばかりだった。そんな彼らが必ず足を止める町がある。それがラマカサだった。山脈のふもとにある大きな街で、人々はここで旅の鋭気を養ってから山を越える。

「うわぁ、広い!」

同時に言ったのはクリフとクレオである。

まるで大河のような幅の大通りが、彼らの前に延びている。通りには大勢の人が溢れ、今までの荒野が全て夢のように思える程だった。規則正しい建物の列と、等間隔に植えられた街路樹。均整の取れた美しい町並みが広がっている。シキはこれでようやく人心地がつけると安心し、双子は早速街を見に行きたいと言い出した。いつもは仏頂面のエイルも、珍しくはしゃいでいる。

「シキ、ここにはしばらくいると言ったな? な?」

「そうですね。まずは宿を探さなくてはなりませぬ」

「よかろう。ではシキは私と宿を見聞に行こう。いい宿を探そうな」

「はっ。では、クリフたちは買い物がてら町を見物してくるといい。遅くとも日暮れの鐘までにここへ戻ってくるようにな。危なそうなところへは近づくなよ」

「はーい」

「もう、子供じゃないんだから大丈夫です……じゃないや、大丈夫だって!」

シキが苦笑して手を振るのを見ながら、二人は嬉しそうに駆け出した。クレオはすぐに洋服屋を見つけて入っていく。クリフは一緒に行こうかなとも思ったが、少し考えるとそれを止め、町の中心部へ向かって歩き出した。

――本当に、何もかもが大きいや。

きょろきょろあたりを見回しながら歩いていると、誰かが肩にぶつかった。相手はひらりと身をかわす。勢い余ってもんどりうったクリフに手を差し伸べたのは、布の服と革の胸当てを身に着けた女だった。

「注意して歩きなよね」

クリフよりいくつか年上だろうか。短く切った茶の髪は少々赤みがかっていて、彼女の瞳の色によく似合っている。余計なものは身に着けていない格好。もう冬だというのにすらりとした腕や足が露出されていて、クリフは思わず目を背けてしまう。何故だか、見てはいけないもののように思えて気が咎めた。

「す、すみません」

「あたしはいいけどね。前見て歩かないと田舎もんってばれちゃうよ」

あはははは、と明るく笑う。悪い人じゃなさそうだな、とクリフは思った。軽く手を挙げて行こうとする彼女に、思い切って声をかける。

「あ、あの、俺こんな大きな町初めてで……だから何がなんだか……その、もし良ければ案内してもらえませんか?」

「やっぱり!」

「え?」

「い・な・か・も・ん!」

「……」

「あ、ごめんごめん! 馬鹿にしてるわけじゃなくって。喜んで案内引き受けるよ。さ、行こう」

Copyright©, 1995-2010, Terra Saga, All Rights Reserved.