Legend of The Last Dragon −第四章(3)−

男のような、さっぱりした口調で言うと、姿勢良く、足早に歩き出す。クリフは慌てて後を追った。追いついて初めて、自分は彼女より背が高いと気づく。見回せば、近くを歩いている人に比べて自分の背は意外と高いような気がする。

――背が伸びてるんだろうか。そういえばここんとこ、足が痛いと思ってたけど……。

夜、体のあちこちが軋(きし)むように痛む事がある。シキに相談すると、成長期にはよくある事だと言われた。考えてみれば、レノアの城下町では、まるでみんなが覆いかぶさってくるように感じるほどだったのが、今ではそれほどでもない。彼の身体は少しずつ、しかし確実に成長しているようだった。

「……で、あの奥が闘技場よ。それでもってこっちの八百屋を曲がると……ほら、さっきのとこに戻ってきた」

最初に二人がぶつかったところまで戻って来ると、彼女は両腕を腰に当てて言った。サナミィのあったマグレア地方では見かけない顔立ちに、異国の香りがする。晴れやかな顔を見て、クリフは「何だか俺まで笑顔になっちゃうな」と思った。

彼女の案内は的確で、分かりやすかった。彼女についていくつもの通りを歩いたが、朝から馬に乗り続けて疲れていた事を、クリフはいつしか忘れていた。

「まあこんなとこかな。とにかくここは店も多いし、武器や防具を買っておいて損はないと思うよ。そうだ、武器で思い出したけど、あんたは何をやってるの?」

「何を、って?」

「職業さ。あたしは、もう言ったっけ? 戦士、武闘家って奴なんだけど」

「えっと、何もしてないです」

「旅してるんだよね? じゃあないって事はないでしょ」

「でも……」

「ま、しょうがないか。見たとこ十五、六ってとこだしね。それにしても、何も知らないんだね。一緒に旅してる人も教えてくれなかったの?」

それじゃこの先も大変だよ、と彼女は言う。クリフは子供扱いされた事が気にはなったが、何を言えば良いか分からずに鼻の頭をかいた。

日暮れを告げる鐘が鳴り始めた。耳に心地いい鐘の音が、暮れなずんだ茜色の空に響いている。

「あ、そろそろ待ち合わせの時間だっけ。じゃあ夜になったらさ、そこの酒場へおいでよ。旅の心得とかについても話したげるから。どう?」

「う、うん。あ、いやその、よろしくお願いします」

「そんなかしこまらなくていいって! じゃ、また後で」

そう言うと、もうさっさと歩き出している。クリフは軽く手を挙げている後ろ姿を見ながら、相手の名前すら知らない事に気づいた。さっぱりとした性格としゃべり口はクレオにちょっと似ているかもしれない。けれど、クレオとはやはり違う。クリフはしばし考えたが、よく分からなかったので諦めた。待ち合わせの門のところへ戻ると、クレオが手を振っている。

「エイルがお腹空いたとか言ってさ、もう食事始まってんのよ。わがままよね」

「しょうがないさ。俺もお腹空いたなー」

「そうだね、早く行こ!」

「うん!」

腹を満たす食事に暖かい部屋。エイルに言わせれば「野宿よりはまし」という程度らしいが、その宿はとても清潔で綺麗だった。クリフやクレオは、久々の人間らしい生活に大満足といったところである。

大抵の宿は、大部屋に大勢で泊まる形式だ。安い宿ともなれば老若男女に関係なく、薄い毛布一枚を渡されて土の床がむき出しの部屋に通される事もある。しかしエイルが探してきたこの宿には、小さいながらも個室があった。老夫婦が、結婚して出て行った息子たちの部屋を貸し出しているのだという。クリフとクレオは本当に久しぶりに、二人の部屋で寝られる事になった。

夕食後、布団に顔を埋めて幸せそうにしているクレオに、クリフは外出の旨を告げた。

「え? 何、クリフ。こんな時間からどこに行くって言うの? もう、まっ暗だよ」

「あの……ちょっと、うん……その、さ」

クリフが慌てていると、隣の部屋にいたはずのシキが部屋の入り口で笑い声を立てた。

「クレオ、クリフにも事情と言うものがあるんだろう。行かせてやればいいじゃないか。なあ、クリフ。大事な用じゃ仕方ないよな?」

「そんな、大した用事じゃないけど……」

クリフはもごもごと口ごもる。

「本人が言いたくないことを無理に聞くのは良くない事だな、クレオ?」

「そりゃそうだけど、でも……だって」

「クレオ、俺さ、そんなに遅くならないと思うし……」

「どこに行くの、って聞いただけじゃない」

「それは、ちょっと、その辺……とにかく、すぐ帰ってくるってば!」

そう言うとクリフはシキの脇をすり抜けて、そそくさと出て行ってしまった。階段を降りて行く音が次第に遠ざかる。

「何よ、クリフってば。今まで私に隠し事なんかしなかったのに……」

「まあ、こういう事もたまにはあるだろう。その内きっと話してくれるさ。あまり気にしすぎない事だ」

シキはしばらくクレオをなだめていたが、エイルのお呼びがかかって隣の部屋へと戻っていった。シキの言葉に少しは落ち着いたものの、クレオはどうも納得がいかない。布団の上で、膝を抱える。今までにない、クリフの表情や言葉に戸惑いが隠せなかった。最近、クリフの背が伸びている事や声が変わっている事には気づいていた。シキと訓練をしているからだろうか、腕や足に筋肉がついてどんどん男らしくなっていくクリフ。自分はといえば、腕やなんかは細いままなのに、胸と腰が丸みを帯びてきている。

「ずっと、一緒だったのにな……」

小さく呟くと、突然悲しくなってきた。知らず、頬に一筋の涙が伝う。

幼い頃から二人は互いの半身だった。同じ顔で同じ時に生まれてきた子供などどこにもいない。きっと自分たちは一人で生まれるはずだったんだと話し合った。姿も顔も声も同じで、どっちがクレオでどっちがクリフか分からなかった、子供の頃。服を取り替えて親を驚かせた事もあった。これから先も、ずっと二人で生きていくものだと思っていた。誰も自分たちの間には入り込めないし、お互いがお互いの事を一番理解しているはずだった。

「私たちは二人で一人だって言ったじゃない……お兄ちゃんの馬鹿……」

クレオは普段、クリフを名前で呼ぶ。クリフの方が兄ということになっているが、クレオは「お兄ちゃん」とは滅多に呼ばなかった。しかし今日は、クリフが自分を置いて大人になった気がしていたのだろうか。思わず口をついて出た「兄」という言葉に、彼女自身は気づいていないようだ。

「いいよ、もう! 知らないからっ」

寂しさが苛立ちに取って代わったのか、クレオは拗ねて布団をかぶった。

夜の街はクリフにとって随分と刺激的だ。酒に酔って千鳥足の人々。身奇麗な女が客の袖を引いている薄暗い路地。昼間と同じ道のはずなのに、クリフには全然違う場所に思えた。

自然と顔が笑う。クレオに隠し事をしているという後ろめたさはあったが、それよりも、誰にも知られないでいけない事をしているようなわくわく感が彼の足を弾ませていた。自分一人で酒場へ行くなど、クリフにとってはもちろん初めての経験である。田舎者に思われぬよう背筋を伸ばし、きょろきょろしないようにして歩いていく。

約束した店はそう迷わずとも見つけられた。入る時は少し躊躇われたが、思い切って扉を押す。中は人々のざわめきと熱気が渦巻いていた。屈強な傭兵や、吟遊詩人と称される遊び人たちが溢れかえっている。喧騒渦巻く酒場。男どもの間から、時折甲高い笑い声が聞こえる。酒場女たちだ。クリフはその雰囲気に面食らいながら、半ば必死で見覚えのある女性を探した。

彼女は、奥まったところにある席に座っていた。横から二人の男に話しかけられているが、面倒くさそうに手を振って追い払おうとしている様子だ。クリフが来たのに気づくと、笑顔で手招きする。クリフはほっと胸をなでおろした。

「迷わなかった?」

ミコルという酒を注文しながら、彼女は再びクリフに笑いかけた。

「はい、大丈夫でした。あの、実は名前を聞き忘れてて……」

「あ、そうだったっけ? やだ、ごめんね。私はアゼ。アゼミルイーナって長い名前なんだけど、みんなアゼって呼ぶから。あんたは?」

「俺は、クリフ」

「そう、じゃあクリフ、二人の出会いに乾杯。なんてね」

出された二つの銅杯には、綺麗な赤い酒が注がれている。「それほど上品な飲み物じゃないから、酔っ払わないように気をつけなよ」と言いながら、アゼは一気に飲み干した。

「強いお酒なんじゃなかったの?」

クリフが指摘すると、声を立てて笑う。

――よく笑う人だなあ。

そう思いながら、クリフもつられて笑ってしまう。

筋肉がついてはいるが、戦士という職業についている割には細い腕や足。額に巻いた布は腰紐と同じ柄で合わせてある。赤みがかった前髪が少し額にかかっていて、時折頭を振ってそれを跳ね上げる仕草が印象的だった。朗らかに、声を上げて笑うけれど子供っぽくはなく、年はそう違わないはずなのに大人の余裕を感じさせる。クリフにとって、彼女は何故か眩しく見えた。

再会を祝し、杯を交わすと、クリフは簡単に仲間を紹介し、旅の目的を説明した。四人でコーウェンに行こうとしている事、出会えるか分からないけれど大陸一の魔道士を探している事……。自分たちが旅立ったのは運命だったんだよ、と言ったところで、アゼが大きな声を立てて笑った。クリフはむっとして、自分の母の予見に間違いはないんだと主張した。

「笑って悪かったわ」

アゼは神妙な顔をして謝っている。クリフは慌てて「い、いいんだ」と両手を振った。

「そっかあ、じゃあ国を出て数ヶ月、世間知らずのまんま旅してきたって感じね。職業に関しても知らなかった言うの、頷けるわ」

「サナミィにいた時は、考えもしなかったよ。あ、母さんが自分は昔、司祭だったって言ってた」

「すごいじゃない。司祭って特別なのよ。認定されるには技術だけじゃなくて、何か特別な条件が必要らしいって話を聞いたことあるな。詳しくは知らないけど」

「そういう職業って、誰が決めてるの?」

「ギルドよ。ここラマカサにもあるけど、大きな町なら大概あるわ。大陸共通の試験を受けて、技術認定書ってのをもらうの。戦士とか剣士とか、そういう職につきたいなら闘技場にギルドがあるわ。魔術師とか僧侶になりたいなら魔法ギルドね。試験は相当難しいけど、認定されれば、武器とか自分の職業の物が安く買えるようになるよ。それに宿屋にも安く泊まれるし、身分も保証されるし……旅をするなら、何でもいいから職業につく方がいいの。分かった?」

「そうなんだ。全然知らなかったなぁ」

「そりゃしょうがないわよ。でももう分かったんだから大丈夫でしょ。大体、四人とも認定書なしで旅してきたなんて、お金は大丈夫なの?」

「さっき話したけど、シキっていうお兄さんが持ってるんだ。後どれくらいなのかは……俺らは知らないよ。でも、シキは大丈夫って言ってる」

「お金は使ってれば、いつかはなくなるのよ。大丈夫なわけないじゃない。あんたも男なら、そのエイルだとか、妹だとかを守ってあげなくちゃね。闘技場は認定書をもらえるだけじゃなくて、お金も稼げるから、ちょっとはかっこいいとこ見せてあげなよ」

「うん!」

綺麗な目でまっすぐにこちらを見る少年を見て、アゼは満足げに笑った。それを見たクリフも、嬉しそうに笑う。酒場の小さな窓からは、メルィーズが白く輝いているのが見えていた。

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