Legend of The Last Dragon −第七章(3)−

一方のクリフたちは大岩と駱駝の影で体を休めていた。

涼しい風が彼らの体力を回復させ、暮れなずむ砂漠の雄大な景色が彼らの心を大いに安らがせている。大岩の影が長く伸び、夜が近づいていると教えていた。

「砂漠は暑いばかりだと思い込んでいたけど、夕方は過ごしやすいんだね」

「そうね。夜はすごく寒いらしいけど、今は気持ちいいくらい」

双子もエイルもバージを脱いでいる。風がなぶる髪を手で押さえ、クレオは沈みゆく夕陽を穏やかな心で見つめた。彼女はデュレー以来、傷心を抱えて辛く悲しい気持ちでいたのだったが、広大な砂漠の景色や美しい夕陽が、彼女の悲しみを洗い流していくようだった。

そんな妹の顔が妙に大人びているように思える。クリフは、様々なことに思いを巡らせているらしいクレオの顔を見つめた。今、自分はどんな顔をしているだろうか。クレオと同じように大人っぽい顔だろうか。それとも違うだろうか。双子だけれど、村を出た頃のようにまったく同じ存在だとは思えない。お互いに無言でも分かり合えるという時はあるが、今のように、相手が何を考えているか分からない時もある。これから先、自分たちはどう変化していくのだろうか。クリフは、いつの間にか自分がクレオと同じような顔で遠くを見つめていることに気づいてはいなかった。

「シキたちはまだかな」

エイルの言葉に双子は我に返った。シキとリュークが消えていった方角を、クリフが指で示す。

「ちょうど帰ってきたみたいだよ」

「本当だ。クリフは目がいいな」

クリフが示す先に、ぽつんぽつんと二つの影が見える。小さな黒い影が段々大きくなり、リュークとシキだと分かるようになった頃、彼らが背に何か動物を背負っているのも見えてきた。クレオがぞっとした顔で言う。

「あれ……何?」

「なんだろうね」

「あまり気持ちのいいものではなさそうだな」

エイルの言葉通り、それはあまり気持ちのいいものではなかった。特に、クレオにとっては。彼女はリュークが蜥蜴を捌(さば)くところを青い顔で見つめていた。だが、焼いた肉を恐る恐る口にした途端、クレオは目を丸くして叫んだ。

「美味しい!」

単に火であぶっただけのものだったが、きめ細かい肉は非常に柔らかく、香りも良く、くどさはない。

「鳥の肉のようだ。しまっているが、さっぱりして美味い」

エイルも初めて食べたその肉を賞賛している。クリフはいつも通り、とにかく腹が満たされれば、という感じである。五人は蜥蜴の肉とともにフルカの少し甘い樹液も飲み、大満足の夕食を終えることが出来た。既に夕闇が足元まで迫ってきている。

「これからは急に寒くなるぞ。バージにしっかりと包(くる)まっておけよ」

リュークの言葉に、双子は慌ててバージを体に巻きつけた。

上空を振り仰いで寝転がると、丸みを帯びた空が視界いっぱいに広がる。西の方にはまだ赤みが残っているが、太陽神ハーディスは既にその姿を消している。夜と闇とを司る女神ナウラが多くの星々を引き連れ、東から空を宵闇に染め始めていた。

暗さが増すと同時に、リュークの言った通り急激に寒くなった。見る見るうちに暗くなり、気温もそれに連れて下がっていく。真昼の暑さが嘘のようだ。涼しくて気持ちがいいなどと言っていられたのも束の間、しばらくすると、歯ががちがちと音を立てて鳴り出した。布から出ている顔の部分、特に鼻先が凍るようだ。だが、大きくて分厚いバージや毛布の中に埋もれていれば、なんとか寒さもしのげる。夜の間に距離を進めた一行は、夜更けをだいぶ回ったころ、ようやく駱駝たちと、彼らの食べる藁の山に寄り添うようにして眠りについた。

頭上には満天の星々と細身の月神メルィーズが輝いている。雲は一つとして流れていない。

――そういえば、昼の間も雲を見なかったな。

クリフはふと疑問を持った。昼の間、陽光は常に降り注いでいた。空の神マオラは息継ぎをするためのほんの小さな日陰すら、彼らに与えてはくれなかったのである。何も遮るものがないので、今も空は頭上いっぱいに広がっているが、そのどこを見ても雲は一片も見当たらない。

――砂漠には雲が出ないんだろうか。

リュークに尋ねると、眠そうな声がバージの下から返ってくる。

「ああ、砂漠にゃ雲はねえよ。うん? 何でかなんて俺が知るもんか……」

最後は欠伸と一緒になったらしい。声はそのまま途切れてしまった。晴れ渡る空を眺めて、クリフは何故雲がないのかと考えを巡らせた。だが彼もいつしか、静かな眠りに落ちていった。

クリフが疑問に思ったとおり、この砂漠、ヤーデでは雲を見ることがほとんどない。雲は、水蒸気から出来る。つまり雲になるだけの十分な水気がなければ雲は出来ないのである。数えるほどのオアシスしかないこの砂漠では、雲は滅多に見られなかった。

さらに、夜空には砂埃が漂い、大きく明るい星以外はあまり見えない。旅人はその大きな星たちを目印として旅をするのだ。星の位置関係からは様々な情報が読み取れる。道といえるものすらない砂漠で、旅人達が頼りにするのはその星たちだけだった。星々の配置や角度から方向や位置を考える「星読み」も今は体系化され、砂漠地図なるものも発行されているので、季節によって変わる星空も読むことが出来る。砂漠地図はその昔、一人の若者が考案したのだという。初めて砂漠を渡ったマイオス。南の王国ルセールを建国した勇者である。

レノア王宮。その一室で会議が行われている。大きな円卓の周りに十人ほどの男が座っていた。胸にいくつもの勲章をつけ、顎髭を蓄えた大柄な男が声を張り上げる。

「ご報告申し上げました通り、アルヴェイス、そうつまり例の竜ですが、その活躍たるや凄まじく、かの者が吐き出す炎の激しさはまさに……」

「端的に言いたまえ」

冷淡な声で遮ったのは、長髪を結い上げた美しい青年だった。

「し、失礼しました」

血統主義のレノアにあって、王族以外で宰相の地位にまで上り詰めたのはクラインただ一人である。若くして大国の宰相に就いたクラインは、流行病がレノアを襲い、王族が次々と倒れる中で、王代理として慌てることなく政治を施してきた。王都が開放された今、その手腕は城下町の人々だけでなく、広くレノア国内で評価を高めていた。だが、彼はどこまでいっても王族ではない。決して王の代理以上になることはないのである。

武官長は小さな咳払いをして、声を整えた。

「では、改めてご報告申し上げます。北の隣国アシュクシュ、東の二小国であるイーソスとグロールはアルヴェイスによってその戦力のほとんどを失いました」

「おお、すごいではないか、よしよし!」

手を叩いたのは、中央の大きな椅子に体をうずめるようにして座っているやせっぽちの男だった。声を上げるまで、誰も気付いていなかったのではないかというほど、小柄で、存在感の薄い男である。だがこの男こそが、第三十八代レノア国王なのだった。無邪気に喜ぶ王に、誰もが曖昧な笑顔を浮かべて頷く。

「それで、民の死傷者数は」

クラインが場を仕切りなおすように問いかける。

「一般市民はほとんど傷ついておりません」

「それは重畳。被害は最小限に留めなくてはならない。ではまず竜の出現に驚き、恐怖している人心の乱れを治めてもらおう。王、手段についてはお任せ下さいますか?」

「ああ、うんうん、宰相に任せるとしよう」

「光栄に存じます。……町や城に修理が必要なように、人々も傷つき、その心は壊れている。何よりもまず人々の不安を取り除かねば」

「竜の恐怖で絶対的な力を見せつけ、その後でまた改めてレノアの偉大さを理解させる、ということですな」

「レノアの大いなる庇護のもとに、人々は平和を取り戻すでしょう」

「さすがは宰相、お考えが深い」

「自明の理だ」

「いや、ご謙遜を」

「では早速、そのように取り計らいましょう」

まだ青年と言えるほどの若さだが、宰相としての威厳は将軍や文官長をも従わせるほど堂々たるものである。クラインは会議を終えて部屋を出て行く人々に笑顔を向けていたが、その瞳の奥底が暗く光っていることに気づいた者は、一人もいなかった。

慣れた旅人の代表とも言えるリュークを案内人として、四人は砂漠の旅を続けた。シキは、自分たちだけでは到底踏破することは出来なかっただろう、と痛感していた。リュークという人物自体は軽薄で、信用出来ない面もあったが、シキたちを確実に導いているようではあった。だが、この旅が彼に何をもたらすのだろうか。砂漠を越えて旅をするのは、彼にとっても簡単なことではあるまい。何が彼をそうまでさせるのか。シキはまだ訝しんではいたが、彼が一行にとってなくてはならない存在であることは確かだった。

照りつける太陽と戦う昼、凍える寒さに耐える夜。一日を通して、快適さを与えてもらえる時間はほんの僅かだった。だが彼らはそれでも過ごしやすい時間を選び、歩調を緩めることなく進んでいった。周りは砂ばかり。会話も少なく、駱駝が静かに歩くだけの日々だったが、エイルに文句を言う余裕があるわけもなく、彼らは順調に距離を稼いだ。

やがて、単調な景色に変化が現れ始めた。駱駝の足が砂ではなく、固い地面を踏むようになってきたのである。そればかりか、これまではまったく見られなかった低木や下草が時折生えている。ひどい乾燥は変わらないが、あたりは確実に今までと違う様相を呈してきた。

「もう少しだ」

リュークが示す方向を見ると、遠くにいくつかの三角が見え、その間から煙が見える。そちらに近づくと、木の数も増え、ちらほらと小動物の姿も見られるようになってきた。

「ヤーデにゃいくつか部落があるが、ここはそのうちの一つでケイズリーってとこだ。普通の旅人は滅多に来ない部落だな。普通ならもうちょっと楽で、でも遠回りな道を行くんだ。今回は、早くてきつい道を選んだから」

「部落はオアシスのそばに作られる、ってリューク、言ってたよね? この近くにもオアシスがあるの?」

クリフの問いに、リュークは軽く頷く。

「ああもちろん。部落の人間にとっても、ここらに住む動物たちにとっても大切なオアシスさ。そうだなあ、俺も砂漠全部を知っているわけじゃないが、合わせて十くらいはオアシスがあるって話だ。ここのは小さいようだが」

「じゃあ部落も小さいの」

「ああ。だから旅人もこっちを通ったりはしねえんだ。ま、ここの奴らも悪い人間じゃないんだが、どうにも付き合いにくくてな。いやそれより何より、俺好みの娘がいないんだよなあ。こう……若くてぷりぷりっとして、潤いのある娘がいねえんだ」

勝手なことをぼやきつつ、リュークは駱駝から下りて近くの木につないだ。シキたちもそれに習う。

「ここで食糧と水を補給させてもらうつもり……なんだが」

リュークにしては歯切れが悪い。「ともかく行くか」と歩き出すリュークに、エイルと双子は首をかしげつつ後に続いた。シキはあたりを注意深く観察しながら殿(しんがり)を歩いていく。

大きな天幕といえばいいのか、下部は石積みで上部は布張りになっている建物が、無造作な位置関係で建てられている。リュークによれば、彼らがツギと呼ぶところのそれらが家らしい。一つのツギには、十人以上の大家族がみんな揃って住んでいるという。

「多分、百人ちょっとは住んでるんじゃねえかな」

村というには少なすぎる。だが、生き物の存在とて感じられない砂漠を歩いてきた身にとって、ここは大きな生命の息吹が感じられる場所だった。地面は相変わらず砂と土だが、下草も生えているし、背の高い木が所々に気持ちの良い木陰を作っている。

「あ、山羊だ」

「いや羊だろう」

「山羊でしょ」

「羊だ」

エイルとクレオが言い争っている。山羊というには少し大きく太っていて、羊というほどには毛が多くない、四足の動物が何頭かそこらを歩いている。

「あれはクーヤンってんだ。乳を取ったりする家畜さ。太らせたやつは肉も食うし、皮をはいで加工したりもする。町へ売りに行けば金にもなるし、素敵な動物さ」

リュークの声に気づいたのか、近くのツギから少年が出てきて、クーヤンたちをまとめ始めた。少年に、リュークが声をかける。

「よお。イカルだったっけ?」

「……」

少年は無言のまま、こちらを見ている。

「あれ、違ったっけ? えーっとじゃあ……」

「何の用だ」

短く、鋭い声で少年が問う。

「そう、つんけんすんなって。この間も来たろ。同じこった」

「また食料を分けろと言うんだな」

「まあ、そういうことだな」

「そいつらは誰だ」

「ああ、えっと、旅の連れさ」

「……」

少年はしばらく黙っていたが、きびすを返すと集落の奥の方へと歩き出した。あごで「ついて来い」とでもいうような仕草を見せる。五人は愛想なしの少年について、大きなツギの間を縫って歩いていった。いくつかの興味深げな顔がツギから覗いたが、視線が合うとすぐにひっこんでしまう。興味は持たれているようだが、歓迎する雰囲気ではなさそうだった。

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