Legend of The Last Dragon −第七章(4)−

他と比べて少し小さめのツギに着くと、少年が木の扉を叩く。中からくぐもった返事が返ってくるのを確認して、扉を開けた。

天井部分に明り取りがあった。そのおかげで中はそれなりに明るい。十人くらいなら寝泊りできるほどに広く、思ったより快適な空間が広がっていた。石造りの部分が寝台や収納などを形作っている。床には毛布が何枚も重ねてあり、ツギの中央には太い柱が立っていた。布張りの部分をそれで支えているようだ。柱の向こうに一部、土がむき出しになっているところがあり、その中心には石のかまどがあった。長老然とした老人と険しい顔つきの青年がかまどの前に座っている。

「またお前か」

長老の声は聞き取りにくく、クリフには異国の言葉のように聞こえた。だがよく耳を傾けると、どうやら大陸共通語のようである。どうやらひどく訛っているようだ。

「今度は道連れがあるんじゃな」

「ああ」

「一体、何用で砂漠に来た」

「用事はない。単に通過するだけさ」

「……」

「あなた方に害をなすつもりもないし、砂漠で何かしようというつもりもない」

シキが言う。だが頑なな長老の態度は変わらなかった。

「北から来て、このまま南へ抜けたいが、準備してきた食糧も水ももうないのだ。ここで助けてもらわねば飢え死にだ」

「……」

長老は、怪しむ目つきで睨んでいるだけである。青年も長老と同じ気持ちなのだろう。黙ったままだ。

「もちろん、もらうだけというのは一方的だ。我々に出来ることがあれば、何でもしよう」

シキの言葉に、長老の隣に座っている男が口を開いた。

「長老、遺跡の見張りをさせては」

その提案に、長老が小さく頷く。

「うむ。良かろう。……旅人よ、ここからしばらく歩いたところに大きな遺跡がある。我々砂漠の民にとって、非常に神聖な場所じゃ。ところがこのところ、遺跡を荒らす者がおるようなのじゃ」

「ふうん」

リュークの目が興味深げに光る。

「何か、荒らされちゃ困るようなもんでもあるのかい?」

「……」

長老は何も答えない。代わりに、青年が鋭く言った。

「黙って聞け」

「へいへい」

肩をすくめたリュークをじろりと睨み、長老は再び話を始める。

「奴らが来るのは夜じゃ。だがいつ来るかは分からん。そこで毎日、遺跡の近くで夜営をし、見張りをしておるのじゃ。が、村の男たちにはしんどいのじゃ。夜に寝られんと、昼の仕事に支障が出る。そこで……」

「我々に頼みたい、と」

シキが言葉を引き継ぐと、長老はゆっくり頷いた。

「少しばかりだが、食料などはその都度、村の者に運ばせる。くれぐれも遺跡には足を踏み入れないように。入り口近くに火を焚き、時折、遺跡の周りを見回るだけで良い」

青年は手短に説明し、あとは長老とともに口をつぐんでしまった。クレオが、クリフの袖を引いている。

「ね、ここケイズリーだって、さっきリュークが言ってたわよね。セサルにもらったあれ……」

クリフはその言葉で思い出したらしい。神妙な顔で懐を探る。取り出したのは、デュレーの町でセサルにもらった、ヤーデの首飾りだった。

――彼らは外部の者を警戒するけど、俺の知り合いだって分かれば歓迎してくれると思う。

セサルの言葉を思い出し、勇気づけられたクリフは、その首飾りを持って前に進み出た。これできっと彼らの緊張も解けるだろう。そう思ったクリフの顔は期待に満ちていた。だが、その期待は見事に裏切られた。

「それがセサルのものだという証拠はない」

「仮にあの子の首飾りだとしても、奪い取ったものかもしれん」

「そんな!」

「そんな事、するわけありません!」

双子は抗議したが、主張は受け入れられないようだった。長老は目を閉じ、青年ももう何も答えてはくれない。

「『もう行け』ってさ。見張りをやるしかねえな」

リュークが再び肩をすくめている。一行はその言葉が的を射ていると悟り、諦めてツギを出た。

最初に遭遇した少年――リュークが言った通り、イカルという名だった――が、遺跡まで案内するという。小さな体でどうやったのかと思うほど素早く駱駝に乗り、イカルは無言のまま駱駝を進ませ始めた。日に焼けたその横顔はどこかセサルと似ているようにも思える。少年はどんどん部落を離れ、駱駝を歩ませる。慣れているのか、少年の操る駱駝は足を砂に埋もれさせることなく、さっさと歩いていく。リュークでさえもついていくのは容易ではなかった。

遺跡と彼らが呼ぶところのそれは、どうやら大きな石が連なる一帯であるようだった。古代王国の都市の遺跡だそうだが、最早、都市の面影はとどめていない。柱の一部分だったと思われる長い石が地面から突き出ていたり、元が何なのかも分からない大きな岩のような塊が斜めに埋もれていたりするが、そのどれも表面は砂に削られてぼろぼろになっている。何か彫刻が施されていたのかも知れないとは思うが、今となっては何の痕跡も残されてはいなかった。遠い昔に崩れ、風化し、砂に埋もれてこのような姿になったのだろうが、それにはどれだけ長い年月が必要だったろうか。古代都市が栄えていたころには一体どのような姿だったのだろうか。エイルが呟いた。

「私たちが生きていたはずの時代にもあったのだろうか……」

「山脈以南は未開の地でしたから、もし存在していたとしても交流はありませんでしたね」

「そうだな。いや恐らくもっともっと昔の建造物なんだろう。想像もつかないな」

彼らはそれぞれに思いを馳せ、大石郡を見つめた。

「こっちだ」

イカル少年の高い声が彼らの思いを断ち切り、夜営の場所を示した。

「あっちの方向にしばらく行くと薪が拾える。こっちへ行くとオアシスがあるけど、夕方は風が強くて方向を見失いがちだから気をつけろ。夕食の頃になったら食事を届けに来る」

少年はそれだけ言うと、ひらりと駱駝に飛び乗り、振り返りもせずに歩き出した。取り残されたシキたちは顔を見合わせ嘆息するしかなかった。

「仕方がない。ともあれ天幕を張ろうか」

「じゃあ俺、手伝います」

「私は薪を取りに行って来るね」

シキと双子が手際よく準備を始めるのを見て、エイルはどうしようかと思案した。と、リュークがその腕を掴む。

「俺らも行こうぜ」

「え、えっ」

「水を汲みに行くんだよ。ほら早くしな」

目を白黒させるエイルを引っ張り、駱駝に押し上げる。エイルは何がなにやらといった表情のままだ。リュークがエイルを振り返り、片目をつぶって見せた。

「お前もみんなの役に立ちたいだろ?」

オアシスはそれほど遠くもなかった。だがイカルの言っていた通り、風が強く、駱駝も横に流されがちである。風で飛んでくる砂で、目が痛い。目を細めるせいで視界も狭まり、ちょっと間違えば道を外れてしまうそうだ。エイルはリュークが上手に駱駝を操っていく、その後をついていくのが精一杯だった。

しばらく歩くと、リュークの肩越しに緑が見えてきた。オアシスは「楽園」と呼ばれるほど素晴らしいものだ、と聞いていた。だからエイルは、緑溢れる豊かな地を想像していた。だが実際に目にしたのは、何本かの木が生えていて、小さな泉が湧いているだけの場所だった。楽園とまで言うほどのものでもない、とエイルは思った。

「もっと素晴らしい場所かと思っていたのに」

「それは違う。馬鹿だな」

リュークがエイルの言葉を一蹴する。馬鹿という言葉に、エイルはかっとした。だがリュークの言葉の続きを聞いて、神妙な顔つきになる。

「俺らは今、それほど喉が渇いてない。部落から来たから、どのくらいの距離か分かっているから、だからどうってことないように見えるのさ。マイオスを知ってるだろ? 彼は前人未到の砂漠を踏破したんだぜ。どこまで行ったら終わるのかも分からない砂漠を北からずーっと歩いてきて、部下のほとんどを失い、食糧も水も底を尽き、精も根も尽き果てようってとこでようやくオアシスを見つけたんだ。この泉かどうかは分からないけどな。ただ、その時の気持ちは計り知れないものがあるさ」

「……」

「部落の連中も、ここらに住む動物も、このオアシスなしには生きていけないんだ。この泉の水が生命をつないでいるんだ。本当なら、俺やお前なんかが軽く飲んでいい水じゃねえんだからな」

リュークの言葉はエイルにとって重く、深かった。不躾な態度も、不遜な言葉遣いも、不思議と気にはならない。

――水……生命をつなぐ水……。

エイルにとって、飲み物は侍女に申しつけ、しばらく待っていれば勝手に運ばれてくるものだった。だが、ここでは違う。こんな小さな泉に、動物も人も、命をかけて辿りつくのだ。辿りつけなければ、死ぬしかない。自分が飲んでいた城での茶や酒は、一体どのように、誰が、自分のために用意したものだったのか。侍女がどこで準備するのかすら、エイルは知らなかった。

――生きるというのは、簡単なことではないのだ。

言葉にはならない、何か不思議で重たい感覚をエイルは味わっていた。

「何、ぼーっとしてんだ。さあ、水を汲んで帰ろうぜ」

リュークとエイルは分厚い皮袋に水を汲み、小さな樽にも汲んで駱駝に積んだ。

二人が何とか迷わずに野営地に帰り着いたころ、既に天幕は張られていた。クレオが集めてきた薪に火がつけられ、冷たい風が夜の訪れを告げている。シキと双子のほかにもう二人ほど、姿が見える。どうやら夕食を届けに来てくれたらしい。一人は先ほどのイカル少年で、もう一人は少女だった。

「シーメ、帰るぞ」

「もう?」

シーメと呼ばれた少女はイカルより一回り小柄で、どうやらイカルの妹のようだった。イカルに帰りを急かされたが、何か心残りがあるようだ。踵(きびす)を返したイカルにちらっと目をやり、少女は慌ててクレオに話しかけた。

「あの、本当にセサルに会ったの?」

「え、ああうん、そうよ。デュレーの町で色々助けてもらったりしたの。それで仲良くなって、砂漠を越えるって話をしたら、首飾りをくれたのよ。きっと私たちの身を守ってくれるって」

「シーメ! 早くしろ!」

イカルの鋭い声が飛んだので、シーメはそれ以上何も言わず、イカルと駱駝の方へ走っていった。だがその顔にどこかほっとしたような色が浮かんだのをクレオは見逃さなかった。

――みんながみんな頑なってわけじゃないんだ。

リュークはともかく、初めて見る顔が何人もいて、しかも素性が知れない。それが突然現れて五人が数日食べられるだけの食糧をよこせ、などと要求したのだ。部落には、いつでも食糧がたっぷりというわけでもないだろう。

――警戒されるのも当たり前よね。

クレオは改めて自分たちの図々しさを恥じた。シキも同じようなことを考えていたらしい。視線が合うと、黙って頷いた。

「さて、夜の見回りと火の番だが、どの順にしようか」

シキが言ったのは、薪を囲んで簡単な夕食を済ませた後のことである。クリフがすぐに手を挙げた。

「俺が見回りに行きます。クレオは女の子だから行かせられないし」

「あら、私だって見回りくらい出来るわ」

「ええ? 盗賊とか遺跡荒らしが出たらどうするのさ」

「走ってみんなを呼びに来るわ」

「追いつかれちゃうよ。それに、ずっと遠いところだったら?」

「それは……」

「クレオには、火の番をしてもらう」

シキがクレオに「納得してくれ」と続けた。クレオは少し不本意そうだったが、頷いて同意する。

「じゃあまずクリフが見回りをして、しばらくしたらクレオと交代。その次は俺が見回りに行こう。とすると次はリュークだな」

「私はその次か?」

エイルが尋ねる。シキは面食らって、エイルの言葉を否定するように手を振った。

「まさか。エイル様は天幕でお休みを」

「冗談じゃない。一人で朝まで寝てろと言うのか? クレオは火の番をするのだろう。クレオに出来て、私には出来ないとでも?」

「いえそういう意味では……」

「いいんじゃねえの? エイルにもやらせろよ。いつまでも子供扱いしてたら逆に可哀想さ」

リュークの言葉に、エイルがうんうんと頷いている。双子もリュークに同意しているようだ。

「四対一、か」

そう苦笑しながら言うと、両手を上げて見せた。

「完全に私の負けですね」

「うむ。火の番くらいは私にだって出来る。その代わり、遺跡荒らしどもを倒すのはシキに任せたぞ」

エイルがにこにことして言う。

「ではエイル様には私の次に火の番をして頂くことにして、その次はリュークがまた見回りに行く、ということでいいかな」

「承知」

リュークが親指を立てて笑った。

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