Legend of The Last Dragon −第七章(6)−

エイルは夢を見ていた。何の夢かは分からないが、同じ夢を見たことがあるような気がする。夢の中の自分と、それを見ている自分とを感じ、不思議な感覚の中で揺られながらエイルは気持ちよく眠っていた。……どこかで誰かが呼んでいる。そしてその声が、次第に大きくなってくる。

――確か、前にもこんなことがあった。

そう思いながら、エイルはつと目を開けた。薄い絹が吊ってある天蓋つきの寝台……ではなく、ちょっと変な匂いのごわついた毛布が目に入る。冷たい夜風を鼻先に感じ、砂と小石の混じる地面を見て、エイルはここが砂漠だったと思い出した。よろよろと起き上がると、シキが優しげな瞳で笑っている。

「お目覚めですか? 夜中に申し訳ないのですが、交代の時間ですので」

「あ、ああそうだったな」

「何かお飲みになりますか?」

「うん。あ、いや、自分でやる」

「たまには私にもやらせて下さい」

そう言って笑ったシキは手際よく茶を淹れ、暖かな茶で満たした杯をエイルに手渡してくれる。薪にはすっかり火が戻り、暖かな炎がちらちらと燃えていた。

「見回りは済ませました。特に何もありませんでしたので、ご心配なく」

「そうか、ご苦労だったな」

「これからしばらく、次にリュークを起こすまでは火の番ですね」

「うん。もう夜明けもそう遠くはなさそうだな。薄明るくなってきたらリュークと交代しよう」

「私もお付き合いしましょうか」

「いや、いい。一人で出来る。……まあその、もし、眠くないなら……少し話でもするか」

「はい」

シキは微笑み、エイルは照れくさそうに額をかいた。その額に金冠はない。金冠はこれまでずっと、外す事なくはめていた。淡い水色の髪の下で光る金冠は、エイルにとってある種の自己証明だった。けれど最早、彼は金冠にこだわっていない。砂漠の乾いた風に吹かれて、エイルの柔らかかった髪もごわごわとしてきた。前髪を上げておく方が楽だと気づいたエイルは金冠を外し、頭に布を巻きつけて、上げた髪を留めるようにしたのである。それは部落の少年たちと同じ格好だった。顔立ちなどが違うので彼らとは明らかに見分けがつくが、服装や髪型などが近づくだけで、ぐっと似るものだ。エイルはそれを喜んでさえいた。

「エイル様は……大人になられましたね」

「うん? どういう意味だ」

「この半年で、すっかりご成長されました。驚くばかりです」

「そんなことは、ない。私はまだ子供だ」

「子供は、そうして己の未熟さを認められないものです。以前のエイル様なら、『そうだ、私は成長した』などと仰ったかもしれません。でも今は、まだまだ成長の余地があると分かっておられる」

「……」

「十分に成長し、立派な大人と言われる人間でも、弱さや未熟さは持っているものですよ。それを認め、克服したいと努力し続けることが大事なのです」

「うん、きっとそうなんだな」

エイルの言葉に頷き、シキは夜空を見上げた。

「私は今まで、エイル様を少し甘やかしていたのかもしれません。王宮にいた時も、この旅に出てからも。双子やリュークはエイル様が王宮にいた頃を知らず、そのせいもあって無礼なことも言いますが、彼らとの出会いがエイル様にもたらしたものは大きかったと思います」

「私もそう思う。以前は分からなかった、いや知ろうともしなかったことを、この旅の間にずいぶんと学んだ。金を稼ぐこととか、食事を作ることとか、生きていくためにはしなければならないことが山のようにある。……私が欲しいものは一言で用意された。嫌だと言えばすぐに目の前から消えた。それがどういうことなのか、私は知らなかった。私一人のためにどれだけの人間が動いているか、想像もつかなかった」

「周りが知らせようとしませんでしたから」

「私は大いなる庇護の元に育ち、世間というものを知らず、傍若無人であったようだ」

「エイル様。それを反省なさることはありません」

「何故だ? 私は人に与えられるばかりで自分では何一つ出来ないのだぞ」

興奮した声を出し、エイルは立ち上がった。悔しさに顔が赤くなり、両の拳が握り締められている。シキは寝ている者を起こさぬようにと、指を立てて唇に当て、エイルを座らせた。

「エイル様、あなたは統治者となられるお方です。王族として生まれついたあなたの、それが運命です。多くの物を与えられていると知ったなら、それを返せばいいだけ。それは、あなたが良き治世をするということです」

「それは……」

「今の状態からは何とも言えませんが、いずれ、元の世界に帰れたとしましょう。恐らく、反乱が起きた事実は変わりません。ですが反乱を平定し、レノア国に平和が戻ったとして、誰が国を治めますか」

「それは父上が……」

「陛下も、シエル殿下もいらっしゃらなければ」

「……私だ」

「そうです。あなたが、レノアの王になるんです。もし、陛下やシエル殿下がご生存であったとしても、国は荒れているでしょう。反乱のために政治は乱れ、流通、交易を含めた経済も滞り、民は疲弊しています。その時、王として、あるいは王族の一員としてエイル様がすべきことは何だとお思いですか」

シキの言葉は重い。エイルは何も言わず、自分を守り続けてきた青年を見返した。

「あなたは反乱で乱れたレノアという大国を、治めなくてはならないのです。そのためにはもちろん多くの人手がいるでしょう。多くの知恵者、武者に助けられ、それでも国には王が必要です。反乱を起こし、国を乱した者では王になれません。平和な治世が必要なのです。民は、平和な暮らしを、そしてそれを保証してくれる王を求めます」

「レノアの民に報いるために……私が出来る事、か」

「……王族、それに我々貴族も、民から納められた税金で暮らしています。ですから金を稼ぐ必要はない。食べ物も、着る服も、豪華な城も、すべて民の稼いだ金から出来ています。その恩をどう返すかと言うなら、彼らが安心して暮らせる社会を作ること。それが王族としての務めです」

「そうか……。分かった。今はまだ何も出来ぬが、いずれその時が来たなら、私はレノアの民のために尽力しよう。そのためには骨身も惜しまん」

「素晴らしい。王族の鑑ですね」

「そう褒めるな。当然のことだ」

「はは、エイル様らしいお言葉ですね」

シキに寝て良いと言い、エイルはその後も一人で火の番を続けた。そしてメルィーズの姿が薄らぎ、夜明けが近づいた頃。

「そろそろだな。……おい、リューク」

「うーん……」

「時間が来たぞ」

そっと近づいて耳打ちしたが、リュークはまったく目を覚ましそうにない。エイルは「まったく……」と呟きながらもう一度呼びかけた。が、返事はない。毛布越しに肩や腰を揺すってみるが、たいした反応は見られなかった。すっかり寝入っているようだ。

――いい加減にしろ、この寝ぼすけ。

心の中で毒づき、毛布から突き出ているリュークの鼻をぎゅっとつねる。

「いって……! な、何だよ、何だってんだ……」

寝ぼけた顔でリュークはあたりを見回していたが、エイルの仏頂面を目にしてようやく事情が呑み込めたらしい。

「そうかそうか、見張りをするんだったな。ちぇっ、せっかくいい女の夢を見てたのに」

「素敵な時間を邪魔して悪かったが、もう夜明けも近い時間だぞ」

エイルに起こされ、リュークは不機嫌そうな顔である。くしゃくしゃになった前髪を無造作にかきあげ、大きな欠伸をした。

「眠気覚ましに茶を一杯……」

「私に淹れろとでも?」

「いいじゃねえか。こういうのが、お前のためにもなるわけだし」

「本当にしょうがない奴だな。なんだかんだと言って、自分が手を抜きたいだけじゃないか」

「ははっ、ばれたか」

リュークは軽い笑い声を立てた。

「夜中に起きてたことなんて初めてだったんだろ? どうだった」

「うーん……寒かったな」

「そうか、そうだろうな。お疲れさん。火を絶やさぬようにしながら、一人でぼーっとしているのはつまんなかったか?」

「いや、考え事をしていたからな」

「へえ。何を考えてた?」

「まあ色々と」

「例えば」

「そうだな……リュークの生い立ちとか」

「嘘つけ」

片手で打ち消すような仕草を見せるリュークに、エイルは笑って言った。

「興味があるのは事実だぞ。リュークは私と違う。どんな育ち方をしてきたのか、どんな人間なのか、私は大いに興味があるんだ。この世には、私の知らなかったことが多くある。私は今、もっと色々なことが知りたいのだ」

リュークは感心したような顔でエイルを眺めた。

「王子様ってのは偉そうに踏ん反り返ってるだけじゃねえんだな」

「……まあ、以前は私もそういう感じだったが」

「よっし。あんまり綺麗な話じゃねえけど、俺の話をしてやるよ」

そうは言ったものの、これまで人にそういった話をしたことなど滅多にない。リュークはどこから何を話したものかとしばらく思案した。指をあごに当て、視線を宙に彷徨わせる。

「……俺は、親の顔を知らないんだ。どこで生まれたのか、国も町も分からねえ。草っぱらで凍えてたのが最初の記憶かな。多分、誰かに拾われたんだろうけど、覚えちゃいねえ。奴隷として売られたようだったけど、ひどい目に遭ったんで逃げ出した。そんでガキの時分はルセールの王都マイオセールの下町で暮らしてた。あれは多分、五つかそこらだったと思うけど、よく覚えてない」

「五歳で?」

「ああ。残飯をあさったり、人の財布をかっぱらったりしてな」

「……」

「善悪なんて誰も教えなかったからな。金を稼ぐ手段もないし、生きていくためには人の物を盗むしかなかった。それが当たり前だった。俺の住んでたあたりは下町の中でも貧民ばっか住むところで、みんなそうやって生計を立ててたよ。毎日、食うことしか考えてなかった。服なんかいっつも同じ。風呂も当然入れやしない。みんな臭かったなあ」

そんな事を、それでもどこか懐かしそうな顔で話すリュークに、エイルは言葉もなかった。出会った時の彼は、長い髪を綺麗にまとめ、洒落た旅装に身を包んでいた。エイルは昔のリュークを想像しようとしたが、どうやっても思い描けない。

「毎日腹を減らしてた……あんな生活は二度としたくねえな。もっと綺麗な服を着たかったし、ちゃんとした飯を食いたかった。周りの奴らは最初っから諦めてたけど、俺はいつかこんなとこ出てくって思ってた。そんで盗んだ金を少しずつ貯めてたのさ。……十四くらいのときだったかなあ。その金で初めて、ちゃんとした買い物をしたんだ。服や靴を買って、散髪した」

「さぞかし気持ち良かっただろうな」

「いやあ、どうかなあ。さっぱりしすぎて居心地悪かったぜ」

「そんなものか」

「だがまあ『これでようやく普通の人間になれた』とは思ったよ。それまでは人間として認められてないようなもんだったからな。ずいぶんひどい扱いだったぜ。奴らは俺らをいじめるのが楽しみみたいなもんで、汚いとか言われて蹴られたり、石を投げられたりしても文句言えなかった。貴族街には近づけもしなかったしな」

「……」

「あそこにいる限り、俺らは人間じゃなかった。汚いどぶねずみさ。でもそれが当たり前だったし、嫌だろうが何だろうがそういうもんだから受け入れるほかなかった。十五で、俺は盗賊ギルドに入ってたんだ。仕事として盗みを引き受ける組織さ。だけど、どうもそういう人間関係とか組織とかってもんに馴染めない性格なんだな。ギルドも嫌になって抜け、有り金全部を持って貧民街を出た。その時はもう……本当にいい気分だったな。それから一人で旅をして……まあ今でもそうやって暮らしてるってわけ」

あまりにも自分と違いすぎるその生い立ちを、エイルはただ黙って聞いているしかなかった。

「旅に出てから一番長く住んだのがコーウェンで、それでも二年か。その頃、ヴィトと知り合った。変な奴だけど、色々と教えてもらって字も読めるようになったし、仕事も手伝ってもらったんだ。その後あいつはマイオセールに移り住んだんだけど、この前の事件でまたコーウェンへ戻った。お師匠さんとこに住まわせてもらってるらしいな」

「その師匠という人が、力のある魔術師なのだろうな」

「だと思うぜ。俺は会った事ないけど、ヴィトは、自分が死んでも敵わない相手だって言ってた。そういうことは絶対言わないやつなんだけどな。……お前ら、過去の世界から来たって言ったよな?」

「ああ……」

「多分その師匠って魔術師なら、時間を越えるような魔法も使えるんだろう。きっと元の世界に帰れるさ」

「だといいが」

「この先、まだまだ大変だとは思うが、頑張れよ。俺は案内くらいしか出来ないけどな」

「十分、頼もしいと思うぞ」

「王子様に褒めていただき、光栄に存じます」

大仰な格好で深々と一礼すると、リュークはバージを手に取った。

「ちょいと話し込んじまったな。そろそろ見回りに行かなきゃ。お前ももう寝ろよ」

「ああ、そうさせてもらう」

エイルが毛布に包まり、リュークが見回りに出かけると、動くものの気配はなくなった。

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