Legend of The Last Dragon −第七章(5)−

日が暮れ、急速に温度が下がっていく。砂漠の夜である。クリフが見回りに出たので、残された面々はバージや毛布をかぶって床についた。

遺跡の周りを一周し、足跡や妙な痕跡がないことを確かめる。特に異常はなく、ほっと安心して夜営の場所に戻ってきたのはしばらく経ってからだった。寒さに凍えながら走って帰ってきて、薪を確認する。火は消えているものの、赤くくすぶった木片が残っていた。

「良かった。これならすぐにまた火がつく」

そう言うと、小さな木のかけらを足し、息を吹きかける。思った通りすぐに火は元通りになり、赤々と燃え上がった。新しい薪をくべる。炎で照らし出される皆の寝顔を見て、クリフは自分が一つの仕事を達成した喜びを感じた。

「クレオ、クレオ」

他には誰も起こさぬようにと注意を払いつつ、妹の肩を揺さぶる。バージに埋もれるようにしていたクレオが目を開けた。

「……あ、クリフ。もう帰ってきたのね」

「うん。遺跡は何ともなかったよ。人の気配どころか動物の気配も何もなくて、怖かったくらいさ。まあメルィーズが明るかったから助かったけど」

「そっか……良かった」

もぞもぞと起き上がりながら、クレオは安堵した顔を見せる。

「一日目からいきなり何かが起こるとも思ってなかったけど、でも、分からないもんね。何もありませんようにって祈ってたの」

「ありがと。でも何もなくてちょっと拍子抜けするくらいだね」

「クリフったら」

「一番困るのは寒さだよ。ほんっとに寒かった! 何か飲もうかな」

「お茶を淹れようか。私も飲みたいし」

クレオが淹れてくれた茶を飲み、二人は同時にほっと息を吐いた。

「こういう時、息を合わせたわけでもないのに同時にするよね。こういうところが双子なのかなあ」

クレオが言う。「どうなんだろうね」と返すクリフは、クレオと同じ仕草で茶を飲んだ。

「また同じ!」

クレオが笑う。クリフもつられて笑い出した。エイルが「ううん」と寝返りを打ち、慌てて声を抑える。ふと、クリフが真面目な顔つきで尋ねた。

「クレオ……その、あの、いきなり変なこと聞くけど……」

「え?」

「いやあの、俺さ、えっと……その、上手く言えないんだけど」

「何よ、クリフったらはっきり言えば?」

「あの……シキのこと……」

クリフの言葉に、クレオは凍りつく。

「デュレーで、泣いてたじゃんか。シキがティレルと……」

「言わないで!」

「ご、ごめん」

「……」

クレオは唇を噛みしめている。明るい雰囲気が急に消え、冷たい夜風がさらに冷たく感じられた。クリフはどうしていいか分からず、所在なげに視線を泳がせたまま黙っている。双子の妹だけれど、自分にはその胸中が分からないのだと、クリフは今、痛感していた。それは淋しいことでもあり……だが何故か、それが当然なのだという気もした。

「クリフは、人を好きになったこと、ある?」

「え、えっと」

クリフの頭にアゼミルイーナの顔がよぎる。何と言おうかとクリフが迷っているうちに、クレオは続けて口を開いた。

「私、シキが好きなの。でも、まだ言ってないの」

「うん……」

「シキは私なんか好きじゃないかも知れない」

「そんな」

「ううん……」

「だってクレオは優しいし……。俺と同じ顔なのにこんなこと言うの変だと思うけど、その、可愛いと思うし」

「ありがと、クリフ。……こんな事言ったら、シキに、何て思われるかな。すごく怖い気がする。でもやっぱり……私はシキを好きだって、言ってみようと思うの」

「……」

それでもクリフは何を言えばいいか分からなかった。肯定も否定も出来ず、ただ曖昧に頷く。

「ごめんね、クリフ。変な話して」

「いやそんな、いいよ。その、大事な話だろ」

「ありがとう」

「俺、良く分からないけどさ……人を好きになるっていいことだと思うし、クレオの気持ちが通じるといいと思うし、その、だから……」

クリフが必死で力づけようとするのを見て、クレオは素直に笑った。

「ありがと、お兄ちゃん」

クリフが寝た後も、クレオは火の番をしながら物思いに耽っていた。次に見回りに出るのは月があのくらいの位置に来てから、とあらかじめ取り決めてある。

――メルィーズがあそこまで来たら、シキを起こさなきゃ……。

まだしばらくかかりそうだ。だがクレオは気が重くなって溜息を吐いた。

――起こしたら何て言おう。それとも何も言わずに送り出してさっさと寝ちゃおうかな。でもせっかく二人になれるんだし……ああ、やっぱり話したいことがいっぱいある。

クレオはシキに目をやった。精悍な顔は半分くらいバージの陰に隠れている。静かな寝息を立てて焚き火に照らされているシキは、とても安らかそうだ。いつもあたりに気を配り、皆の安全を確かめるために神経を尖らせているシキも凛々しくて素敵だと思っていたが、こうして無防備に寝ているところは子供のように可愛く思える。十も年上だというのに、クレオはシキの寝顔が愛しくてたまらなかった。

――やだ、私ったら……。

じいっと眺めていた自分に気づき、クレオは急に恥ずかしさを感じて顔を赤らめた。

メルィーズと多くの星々は、目で見ていても分からぬほどゆっくりと、だが確実に夜空を渡り、やがてメルィーズが打ち合わせしていた場所に差し掛かってきた。高まる胸の鼓動を必死で抑えようとし、同時にそんなことは絶対に無理だと思う。

「シキ……あの、時間だけど」

ほんの一声でシキは目を開け、二、三度瞬きをすると、寝ぼけた様子も見せずに起き上がった。

「何か異常はなかったか」

「はい」

「そうか。無事で良かった」

緊張した面持ちで無事を確かめたが、クレオがいつも通りだと分かると爽やかな笑顔を見せる。シキの表情が変わる度に、クレオの気持ちは激しく揺れ動いた。

「では見回りに行くとしようか」

立ち上がるシキ。クレオは慌てて、一緒に立ち上がってしまった。

「ん? どうした」

「あ、いえあの、その、で、出かける前にお茶でも飲みませんか!」

自分でも、声が上ずっていると分かる。もう少しでひっくり返りそうだ。あからさまに変な様子だと、シキも気づいたのだろう。怪訝な顔で笑いながら、もう一度腰掛けた。

「じゃあ、一緒に飲もうか」

「は、はい」

茶を淹れて飲む間、クレオはシキと視線を合わせることも出来ないまま固まっていた。シキはそんなクレオをじっと見守っているだけである。そのまま時間が流れていく。クレオがあっと思う間に金属製の杯は空になってしまった。

「あ、あの、もう一杯……駄目ですか?」

「構わないが」

二杯目も、そして三杯目も、同様に過ぎていく。シキはクレオの様子がおかしいことに気付いているだろう。だが何も言わずに付き合ってくれていた。

――どうしよう。なんで、何も言えないんだろう。

クレオは心の中で地団駄を踏んだ。言おうと思って用意していた言葉は、何一つ口にすることが出来ない。このままずっとお茶ばかり飲んでいるわけにはいかない。言わなくては。言わなくては……。その思いばかりが募り、けれど何も言えないまま、クレオは黙って座っていた。

「何か、言いたいことがあるのか」

心臓が、一瞬で破裂するかと思うほど跳ね上がる。

「ここしばらく様子がおかしいと思っていた。俺に何か言いたいんじゃないのか」

――わ、私の考えていることが全部分かっているのかしら……。

「クレオ」

「あ、あの!」

意を決してシキを見上げると、彼はこちらをまっすぐに見ていた。その視線に射抜かれ、クレオは頭の中が真っ白になってしまう。顔が急に熱くなるのが分かる。

――ええい、もう言っちゃえ! 

「私、シキが好きなんです!」

シキがどんな顔をするか、怖くて見られないだろうと思っていた。だが、実際には目を逸らすことも出来なかった。そして当のシキはというと、小さく微笑んだだけだったのである。

「……あの……駄目ですか……」

恐る恐る尋ねる。シキは、頭をかいて笑った。

「駄目かと聞かれても困ってしまうな。人を好きになってはいけないという決まりはない。クレオが好いてくれるのは、俺にとっても嬉しいことだ」

「……」

優しい響きのその言葉は、だがクレオを舞い上がらせはしなかった。

――相手にされてない……んだよ、ね。

クレオは落胆の色を隠せないでいる。そんなクレオの様子を見て取り、シキは困り顔で続けた。

「クレオ、その、俺はどうもこういう話が苦手なんだ。どう言えばいいか……。だが、きちんと応える必要があると思う」

その声音が真剣なものになり、クレオは再びシキを見上げた。シキは両手で顔を覆い、何か、考えをまとめようとしている。

「……俺には、心に決めた相手がいるんだ」

その言葉はクレオの心を打ち砕いた。やはりティレルなのだろうか。だが、シキが続けた言葉でそれとは違うということが分かった。

「俺が十九のときの話だ。もう……そうか、七年ほども前の話になるんだな。俺には生涯かけても守りたいと思う女性がいた。だが、彼女は……死んだ」

そう言った時のシキの表情を、クレオは死んでも忘れないだろうと思った。こんなシキは、今まで一度も見たことがない。目の前にいるのは、まるで知らない人のようだった。半年以上も一緒に旅をしてきた、強く優しい青年ではなかった。どうしてそう思ったのか、クレオには分からなかった。息を呑んでシキを見つめる。

――そうか、この人の心は今、ここにないんだ。

深い緑の瞳は遠くを見つめ、深く、想いを馳せていた。

「死ぬ間際……彼女は言った。自分のことは忘れろ、と。いや忘れないで欲しいけれど、思い出さなくていい、と。また誰か別の人を好きになって、その人と幸せになって欲しいのだと、彼女はそう言った。だが俺はいまだに彼女への想いを断ち切れずにいる」

クレオは何も言えなかった。シキがこんな話をするとは思わなかったのだ。元来が無口な方だと自分でも言っていたし、身の上話をするのが好きな人ではない。道中、自分の話をする事はなかった。だが今、シキはその過去をクレオに語っている。クレオは、それが不謹慎なことだと思いながらも、話してくれること自体が嬉しいと思えてならなかった。

「いや、断ち切れないというのは違うな。俺は、彼女の死を受け入れている。彼女の言葉を守ろうとも思う。事実、その、心通わせた相手もいる」

――大勢いるのかしら。ティレルも含めて? 

思ったより冷静でいる自分に、クレオは驚いていた。ついさっきまで、クレオは自分の想いで頭がいっぱいになっていたのに、今は、これ以上ないというほどに穏やかな気持ちでいる。何故なのだろうか。

「だが……まだ、幸せになろうとは思えない。自分のことを考える余裕がないとも言えるかな。エイル様のこと、レノアのこと、これからのこと……俺にはなすべき事が多くある。自分一人の幸せを追求している暇はない。誰かを幸せにしてやる余裕もない。だから、クレオの気持ちは有り難いんだが……」

「……」

「すまん」

「いえ、いいんです」

両手を振って、クレオは素直にそう言った。笑顔さえ浮かべられそうだった。

「クレオ」

「私、ただ、言いたかったんです。私が思ってること、知って欲しかったんです。それでどうしようとか、どうして欲しい、とか……そんなの全然考えてなかった。シキの気持ちとかも考えてなくて……ごめんなさい」

「いや」

「聞いてくれて、嬉しかった。ちゃんと話をしてくれて、本当に嬉しかった。いつか……今度のことが全部決着したら、元の、昔の世界に帰るわけで、帰った時、何がどうなっているか分からないけど、とにかく全てが終わって、平和になったら……そしたらシキも幸せになろうって、そう思うかも知れない。私は、シキにそう思って欲しいです」

「……」

「私はその、シキの好きだった人を知らないけれど、その人もきっと本当にシキのことが好きで、幸せになって欲しいってすごく思ってたんだと思う。私も……シキが幸せでいてくれたらいいと、本当にそう思います」

「クレオはいい子だな」

クレオは黙ってうつむき、首を横に振った。自分の意思とは無関係に涙が浮かんでくるのを、シキに知られたくはなかった。何故、自分が泣きそうなのか、自分でも分からない。けれど胸は確かに苦しくて、呼吸は細切れになっていて、目をしばたいても涙を止めることは出来そうになかった。

「私、寝ます。見回り、気をつけて」

一生懸命にそれだけを言うと、クレオはシキに背を向けて分厚い毛布に包まった。これなら顔を見せずに済む。シキは毛布の上から二度、優しく叩き、「行ってくる」と言った。シキが剣を取り、バージをまとって出て行く気配を感じながら、クレオは目を閉じ、じっと動かずにいた。

白く輝くメルィーズが、彼らを見下ろしている。

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