Legend of The Last Dragon −第二章(6)−

「さて皆様……お待たせ致しました。本日の目玉商品です! メラームの町で手に入れました、最上品。この世に二組とは見られぬ、同じ顔をした子供でございます!」

司会の男が興奮した声を張り上げると、踊り子たちが一斉に鈴と太鼓を鳴らし、護衛兵が二人を檻の中へ放り込む。客は一斉に檻を覗き込もうと壇に近づいた。檻の中では双子が小さく身を寄せている。小さく言い交わす声が震えていた。

「どうしよう……どうすればいいの? ねえクリフ」

「そんな……僕だって分かんないや」

「誰か、誰か助けて」

「クレオ……」

二人はお互いの手を握り締めたまま、好奇の視線に晒され続けた。やがて競りが始まり、値段がどんどんと上がっていく。客の声が高まり、興奮を帯びるに連れ、絶望が彼らに近づいてくる。

「四十五が出ました。これだけですか? こいつらはまったく同じです。同じ日に、同じ母親から生まれた双生児です! 他では絶対に手に入りませんよ! 使い道は色々、ご自分で可愛がるもよし、収集家に売り飛ばすもよし、賄賂として貢がれるのも大変効果があると思われます。さあ、他にございませんか?」

「よし、五十出そう!」

「いいやこっちは六十だ! !」

「ええい八十だ! 双生児は俺がもらった!」

金額は止まるところを知らぬかのようだ。これほど珍しい掘り出し物はないと、客は興奮の極みである。彼らは嬉々として競り落としにかかっていたが、檻の中からは地獄の有様にしか見えなかった。

「シキ様はこの町にいるかしら……そしたらどこかで双子の噂を聞いてないかな……」

「もしこの町にいれば、きっと助けに来てくれるよ」

「うん……大丈夫だよね……助かるよね、私たち」

「きっと、きっと誰かが助けてくれる」

二人は運命の神クタールに祈り、助けが来るのを待った。彼らには待つ事しか出来なかった。持ち物は全て取り上げられ、身につけている薄布の肌着以外、彼らは何も持っていない。どれだけ考えても、彼らがここを抜け出す方法があるようには思われなかった。今、彼らが出来る事は奇跡を信じ、助けが来る事を待つだけだった。

双子を競る声は、かなり数が減ってきた。時折、力の入った声がかかる。

「百十五……百二十ですね、サムリー様。他の方は? よろしいですか?」

司会の男は、背の高い地主から太った商人へと視線を移した。最後まで競り合う気でいるのは二人きりのようだ。他の人間は固唾を呑んでその様子を見守っている。

「……百二十二だ」

「百二十二が出ました。もうありませんか?」

司会が黙って会場を見渡す。小さな息遣いと緊張感が部屋中に満ちていた。地主は歯を食いしばって司会を睨みつける。

「なければこれで……」

司会が言いかけた瞬間、地主が大きな声で叫び、そしてそれが決定打となった。

「百三十ですね。……サムリー様が手に入れる事になりますが? ……ゴダル様、よろしいですね? ……では、決定します!」

クリフとクレオの、懸命の祈りは届かなかった。助けは来なかったのである。驚愕と恐怖が彼らを打ちのめした。クリフは呆然とその場に立ち尽くし、クレオは力の抜けた足を抱え込むようにへたへたと座り込む。金貨百三十枚という大金をはたいて双子を手に入れる事になったサムリーという男は、その顔ににんまりと勝利の笑みを浮かべていた。

護衛兵の太い腕がクリフとクレオをあっさりと掴みだし、次の犠牲者となる少年を檻に入れた。そして、司会が再び声を張り上げる。

「それでは次の商品に参りましょう! さあ、これへ出て参りましたのは……」

ゴダルという男は卑劣な性格の持ち主であった。縮れたこげ茶の髪には白髪が混じり、背は低かったが頑丈そうな体をしていた。たるんだあごにはやはり縮れたひげが蓄えられ、くすんだ灰色の目はどんよりと鈍い光を放っている。彼の容姿には、彼を西方の出身だと言わしめるような特徴があった。髪も、体格も、西方出身の者に多い特徴を備えている。そしてその通り、ゴダルは西国、タースクの出身であった。

タースク地方では雨が滅多に降らない。領民は昔から難儀していた。若い商人であったゴダルは、レノアのミュルク地方に目をつけた。タースクからは遠いが、雨には不自由しない地方である。彼は当時の財産をはたき、長旅を開始した。そして、大量の水をタースクまで運ぶ手立てを見出したのである。危険な旅であったが、彼は成功した。

その成功を目の当たりにし、他のタースクの商人たちも次から次へと真似をし始めたが、彼らは皆、謎の死を遂げていった。それがゴダルの仕業である事はすぐに分かったが、誰も恐ろしくて告発などは出来なかった。それほどまでに、ゴダルが恐ろしかったのである。ゴダルはその時既に、タースク領主よりも権力を持っていた。それも当然だろう、タースク領主すらゴダルの運ぶ水がなければ生きていけなかったのだ。ゴダルは対立する商人の雇った暗殺者から逃れ、レノアに移り住み、大きな屋敷の中庭にそれは見事な噴水を作らせた。雨の降らない季節にも、ゴダルの噴水から水が絶える事はないと言う。

そのゴダルが屈強な傭兵一人を連れて、闇市の終わった直後に現れた時、店主の胸に嫌な予感がよぎった。ゴダルは最後まで双子を競り合っていた。しかし競り落としたのはサムリーという地主である。闇市が終わった直後、そのゴダルが現れた。店主が眉をひそめるのも無理はない。

競り落とされた商品の引き渡しは、市の行われた日の翌日以降と決まっている。商品と値段、競り落とした人物を照らし合わせなければならないからだ。また金が用意出来ぬ者もいる。競りの場ではつい熱くなり、高額を支払う事になってしまったが、実際にそんな金を用意出来ない……そういった事もある。そのために、金をきちんと持って来た者にのみ、商品を引き渡す事になっていた。しかし時折、商品を横取りしようとする輩が現れる事もある。ゴダルは以前にもこうして闇市直後に現れた事があった。もちろん、自分が競り落とせなかった商品を手に入れようとしたためである。

店主は帳簿つけが忙しいような振りをしていたが、ゴダルはそんな事にはお構いなしである。濃い、縮れたあごひげを指で引っ張りながら話しかけてきた。

「今日わしが競り落としたのは魔剣ジュリウスだったな」

「これはゴダル様。仰る通りでございますが……商品のお引き渡しは明日以降でございますよ」

「そんな事は分かっとるわ。わしがここに来たのはその件ではない。別の商品を見せてもらいに来たのだ」

「どの商品でございましょう。市は既に終わり、全ての商品に買い手がついておりますが」

「あれだ、同じ顔の奴隷だ」

「双生児でございますか。あれはサムリー様が競り落とされました」

「下らぬ事を。店主、わしは百四十出す。あの双子をわしに売れ」

「ゴダル様、それは出来かねます。明日、サムリー様に申し訳が立ちません」

「わしが文句は言わせん」

「……店の信用に関わりますので」

「わしを誰だと思っておるのだ。百四十枚の金貨を出すと言っておるのだぞ! ぐだぐだ言わんと牢屋へ案内せい! おいバルタゴス!」

ゴダルが合図をすると、すぐ後ろに控えていた傭兵が店主の襟首を押さえて店から連れ出した。店主は逆らう事も出来ず、しぶしぶ彼らを牢へ案内する。

ゴダルと店主、そしてバルタゴスと呼ばれた傭兵の三人は、かび臭い匂いのする牢屋へと向かった。牢へ入る鉄の扉の前には、それを隠すような形で小さな小屋が建てられている。中には机と、仮眠出来る程度の小さな寝台が置かれているに過ぎず、そこに背の曲がった男が一人、入り口に背を向けて眠っていた。ゴダルはつかつかと小屋に入り、手に持っていた杖で男の背を強く叩く。慌てて跳ね起きた牢番はきょろきょろとあたりを見回した。

「いたたたた……。あ、ゴダル様じゃねぇですか。こんな夜遅くに何の用ですかい?」

背をさすりながら聞いたが、ゴダルは牢番の言葉に耳も貸さぬ様子である。

「こんな男に牢番の仕事をさせているのか。おい貴様、鍵を開けんか」

「鍵って……いやいやいやいや駄目でさぁ。誰も入れるなって……」

「早くせい!」

「へ、へぇ」

両手を目の前で勢いよく振っていた牢番だが、傭兵バルタゴスが大剣に手をかけるのを見ると、首をすくめて丸い背を一層丸めた。怯えた様子で腰の鍵束を探ったが、なかなか扉の鍵を見つけ出せない。そんな小屋の様子を、小さな影が見ていた事には誰も気づかなかった。影は慌てた様子で帽子をかぶりなおすと、すぐにどこかへ走り去った。

牢番がもたついている間に、傭兵から解放されていた店主はそっと後ずさった。上手く気づかれずに小屋から出ると、慌てて胸から下げた小さな笛を吹く。ゴダルたちが音に気づいて小屋から出てくると、既に四、五人の護衛兵が小屋を取り囲んでいた。彼らは剣を抜き放ち、じりじりと二人に迫る。店主はしてやったりといった表情で高みの見物を決め込んでいる。牢番はといえば、恐ろしさの余り小屋の中から出られずに、ただ怯えるばかりだ。店主が勝ち誇ったように告げた。

「ゴダル様、決まり事を破ってもらっちゃ困りますな。傭兵をお連れだったようですが、たかだか一人では、屈強な護衛兵たちには敵いますまい」

しかしゴダルは平然とした表情のままだ。その口の端には笑みさえ浮かべている。危ぶんだ亭主が号令を下す前に、バルタゴスが指を鳴らした。すぐさま近くに潜んでいた傭兵たちが十数人、その姿を現す。店の護衛兵と店主は逆に取り囲まれる形になってしまった。

「わしがたった一人の供で商品の横取りに来るとでも思っていたのか、めでたい男だ」

ゴダルはせせら笑い、すぐに厳しい声で言った。

「貴様ら、こういう時のために高い金を払っているのだぞ! 誰にもわしの邪魔をさせるな! バルタゴス、中へ入るぞ」

雇われている傭兵たちは、言われた事をするだけだ。例え悪事を働こうとも、傭兵にとっては仕事をくれる主人がいい主人なのである。ゴダルの命令に従って彼らは剣を構え、護衛兵たちを包囲する陣形を取った。

形成はすっかり逆転した。ゴダルの傭兵たちは、店の護衛兵との距離を徐々に詰めていく。ゴダルとバルタゴスは、怯えきった牢番から鍵束を奪い、牢へと入っていった。店の護衛兵たちはそれを止める余裕もなく、誰かが口火を切るのを待って目を光らせている。しばらく沈黙が続いたが、ついに一人が切りかかり、それを合図にするように戦闘が始まった。

店主は慌ててその場を逃れ、この事態にどう収拾をつけるべきか必死で考えをめぐらせた。あたりにはまだ誰もいないが、しばらくすればイルバの兵が騒ぎを聞いて駆けつけてくるだろう。それまでになんとか片をつけねばならない。

と、そこに一人の青年が現れた。店主はまだ気づいていない。背が高く、鍛え抜かれた体躯の男は、迷う事なく小屋の方へつかつかと歩み寄った。目の前の戦闘に驚く様子でもない。青年は腰に長剣を携えていた。長剣の鞘や柄は、その剣が青年の軽装に似つかわしくないと思わせるほど立派なものである。男は、店主のところまで来ると簡潔な言葉を口にした。

「双子が連れて行かれては困るのだろう。助太刀しよう」

「えぇ? あんた誰……いや誰でもいい、止められるもんなら止めてくれ!」

青年は小さく頷くと、戦いの輪に近づいていった。

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