Legend of The Last Dragon −第二章(9)−

「……どういう意味ですか?」

「二人きりでは、安全でなかった。恐らく、彼らだけではレノアにも辿り着けなかっただろう。クリフたちが危険な目に遭ったのは、君がレノアで彼らを二人きりにしたからではなかったか?」

「それは、そうかもしれません。しかし」

「転移した先がこの時代だったというのは、君たちが双子に会わねばならん運命だったからだろう。運命の歯車を廻しているのはクタールだ。君がこの町で双子と再会したのも、彼の仕業だろう。ならば、ここで別れてもまた再会する……私はそう思うがな」

長椅子から立ち上がり、窓に向かっていたダルケスは、振り返ってシキを正面から見据える。クリフとクレオは互いの顔を見、ダルケスを見、シキを見た。

「最初、私たちが旅に出たいと言ったのは……サナミィが嫌だったからです。ただ、村から出たかっただけでした。シキ様は私たちが同じ顔なのを見ても驚かなかったし……」

クレオは頬を赤らめている。クリフはそんな妹に目をやりながら言葉を継いだ。

「僕らはただ、村を出られる事が嬉しかっただけなんです。でも、今は違います。出来る事があると、思いたいんです。世界の破滅なんて、なんだか難しくってよく分からないけど、僕らに出来る事が……僕らにしか出来ない事があると思います」

「シキ、彼らは君と一緒にいたいのだよ。危険な目に遭わせたくないのなら、君が守ってやればいい」

「……。……分かりました」

クリフとクレオの顔に驚きと、そして歓喜の色がありありと浮かぶ。エイルは自分が口を出す機会がないのでふくれっ面だ。それを見て取ったシキが尋ねる。

「殿下、よろしいですか?」

聞きはしたが、元よりエイルが「嫌だ」などと言うはずがない。だがエイルは冷たい顔で言った。

「足手まといは要らない」

「殿下!」

想像していなかった言葉に慌てるシキ。誰が足手まといだと思うの、といきり立つクレオ。二人に向かって、クリフが目で「大丈夫」と合図する。クリフはすっくと立ち上がると、エイルの正面に歩み寄った。長椅子の上でふんぞり返っていたエイルは、見下ろされて少々怯えたような表情を見せる。クリフは真面目くさった顔でエイルを睨んでいたが、突然その足元に膝をついた。

「エイル=ダルク=レノア殿下、どうか僕らをお連れ下さい。殿下と一緒に行きたいんです。どうか、どうかお願いします」

呆気にとられて、エイルの口があんぐりと開く。しかしすぐに我に返ると、居心地が悪そうに座りなおし、横を向いた。

「そ、そこまで言うなら連れて行ってやる」

その頬がほんのりと染まっているのを、クリフは見逃さなかった。クレオは「納得いかない!」という声が聞こえてきそうな表情を浮かべているが、クリフは気にせず、すぐ横にいるシキに笑ってみせた。シキは「なかなかやるな」と囁き、クリフは「シキ様には敵わないけど」と囁き返した。ダルケスはひげをひねりながら嬉しそうに笑っている。

「一件落着といったところだな。三人とも、仲良くするんだよ」

「どうして命令するんだ」

エイルが小さな声で言ったが、ダルケスの耳には届いていないようだ。クレオはまだ唇を尖らせていたが、笑っているクリフと目が合うと肩をすくめて苦笑した。

「……さて、君たちは優秀な魔術師を探しているんだったな。では有名な噂があるのを知っているかね?」

再び口を開いたダルケスの口調は、いたって真剣なものだった。四人は気を取り直してダルケスに向き直る。

「シンジゴ山脈を越えた遥か南、リューイー地方があるのは知っているかな。大陸の東岸、ミクリナ島などと行き来するための港町が多くあるところだ。その港町の一つ、コーウェンのそばに大陸一の魔術師が住んでいるという噂がある」

「コーウェン……」

「出生も年齢も、何をして暮らしているかも分からないと言うが、この世のありとあらゆる魔法に通じているんだそうだ。精霊たちと言葉を交わすとも、炎や水を自在に扱うとも言う。どこまでが本当かは分からんが、とんでもない魔術師である事は確かだ。噂では女性だという事だが……彼女を訪ねてみるというのはどうかね?」

「他に、高名な人をご存知ありませんか」

シキが尋ねると、ダルケスは肩をすくめて「知っている限りではその魔術師がずば抜けている」と言った。

「魔術師と言ったってね、火が灯せるとか、冷たい風を起こせるとか……その程度だよ、普通はね。素質がある者が修行をし、認定試験に合格してようやくそれだ。要は、町の便利屋だろう? 魔術師というのは。天候を変えるとか時を越えるとか、そういった大魔法はとてもじゃないが出来ない。ただ、コーウェンの魔女ならそういった事もやるかも知れんという、そういう話だ」

「……行く価値はありそうですね」

「遠い道程だがな。私もほんの少々ではあるが、協力するよ」

ダルケスは鈴を鳴らして執事を呼ぶと、いくつかの物を持ってくるように言いつけた。よく出来た執事のおかげで、すぐにそれらが四人の目の前に並べられる。袋入りの貨幣、コーウェンの位置を記した大陸図、天幕や寝具といった物から、旅には欠かせない服や食料まで、全てがそこに揃えられていた。クリフもクレオも、その無駄のない品揃えに目を見張っている。

「私のイルバで、手に入らぬ物はない」

ダルケスはそう言って、にやりと笑ってみせた。きっと中には、商人たちから体よく巻き上げたものもあるのだろう。もしかしたら全てがそうなのかも知れなかったが、シキは何も聞かずに、ありがたく受け取る事にした。

翌朝。ここのところ続いていた雨も今日は止み、空にはハーディスが輝いている。爽やかな風が四人の髪を吹きぬけていった。

青葉の月が終わると、白雲の月がやってくる。真っ白な雲が青空に浮かんでいる日が多いためか、そんな風に呼ばれる白雲の月は、やがてやってくる雨の月までのつかの間の晴天が続く。その間になるべく歩を進めておきたいところだった。

財布にゆとりの出来た彼らは、旅をするための馬をもう二頭手に入れていた。まだ若い、俊敏そうな二頭である。クリフもクレオも、馬にそれほど慣れていたわけではなかったが、二、三日するとすぐに乗りこなすようになった。器用に手綱を操って自分の馬を歩かせている。空は澄み、太陽は輝き、道は地平線まで続いている。目の前には豊かなレノアの大地が広がり、遥か先にシンジゴの山々が小さく霞む。延々と並ぶ田畑や森、目に見える景色の全ては、双子にとって自由の象徴だった。ほんの数日前まで冷たい土の牢に閉じ込められていた、それを思い出すたびに、身の毛がよだつ。自分たちが奴隷として売り飛ばされていたらどうなったのか……考えるだに恐ろしい。しかし、今はもう自由だ。狭く、差別感の強い村から脱却し、冷たい土牢からも助け出された。自由をようやく手に入れたのだ。これから何が起こるのか、世界がどうなっていくのか、自分たちには何が出来るのか。多くの疑問や不安も、決して無くなりはしなかったが、それでも彼らには活力が満ち溢れていた。

そんな彼らの横で、相変わらずシキの馬に跨(またが)るエイルが体をひねり、シキを振り仰ぐ。

「なあシキ、クリフたちとは、どこで再会したんだ?」

無邪気な質問に、シキと双子は思わず顔を見合わせた。シキは何も話していなかった。夜、宿屋で寝ていた間に何が起きていたのかなぞ、少年王子には知る由もない。シキが酒場に出かけたのも、クリフとクレオの身に危険が迫っていたのも、シキがゴダルの傭兵相手に戦ったのも、全てはこの数夜の出来事であり、エイルが平和に夢見ている間の事件だった。何故シキたちが笑うのか納得のいかないエイルは、矢継ぎ早に質問を投げかける。

「どうして領主と知り合ったのだ? いつどこで双子を見つけた? 夜、シキはどこかへ行っていたのだろう、どこで何をしていた」

「いや、それは……困りましたね。えぇと……」

「ずるいぞ、シキ。私にだって知る権利があるはずだ」

「話せば長くなりますし、勘弁して下さい」

「いいや勘弁ならん、全て話せ」

シキはエイルの質問をかわし続け、双子はそれを見て笑っていた。ようやく彼らにも明るい笑顔が戻ったと言えるだろう。目指すコーウェンは遠い。四人は、まっすぐに続く街道をひたすら南へ下っていった。

Copyright©, 1995-2010, Terra Saga, All Rights Reserved.