Legend of The Last Dragon −第二章(7)−

戦闘は既に終わりの兆しを見せていた。店主が呼んだ護衛兵は最後の一人になり、背に深手を負っている。ゴダルの傭兵たちはそれを取り囲んでいた。傭兵頭と見える男が先頭に立って護衛兵を追い詰めている。服は敵の返り血によってか、あちこちに濃い、赤い染みが出来ている。傭兵頭は血のついた左手で顔を拭うと、にやりと笑った。敵を全て殺す必要はないはずだったが、彼は血に酔い、また戦いそのものに酔いしれているのだろう。興奮のあまり唾を飲み、いよいよといった感じで剣を振り上げる。そこに、静かな声が響いた。

「それ以上やる事はあるまい」

傭兵頭は声の主に一瞬目をやったが、気にする事もないように剣を振り下ろす。それを防ぎ切る事が出来ず、といって避ける事も出来ない護衛兵は大剣に叩きのめされ、ぐったりと頭を垂れた。傭兵頭が、ゆっくりと振り返る。

「貴様にゃ何の関係もない事だ」

凄みのきいた声に動揺する事もなく、青年はごく落ち着いた口調で切り返した。

「双子を連れて行かれては困るんだが」

「やろうってのか。いい度胸だ」

その言葉に同調するように、傭兵たちはみな剣を取り直し、青年に向き直った。場に新たな緊張感が漲(みなぎ)る。青年は、抜き放った重そうな長剣を事もなげに構え直し、相手を睨みつけた。

「双子を連れて行って欲しくないだけなんだがな。……まあいい、俺の剣の前に出るなら容赦はせん」

「小癪(こしゃく)な事を……!」

「なめた口を利くな!」

二人の傭兵がそう口々に叫びながら飛び掛かってきた。男は一人の剣を交わし、その肩に長剣を叩きつける。力を込めて切り下げ、それを抜いた勢いで二人目の剣を受ける。力強く跳ね返して、二人目の腹に剣を叩き込む。傭兵は、青年の剣の元にどうと倒れた。

その身のこなしと剣のさばきに、残った傭兵たちがざわつく。唾を飲んで一、二歩後ろへ下がっると、青年は逆に前へ一歩進み出る。対峙する剣に隙はない。

傭兵たちは互いに間合いを計っていたが、最終的に先ほどの傭兵頭が沈黙を破って打ちかかった。剣士は鋭く身を沈め、それへとばかりに傭兵頭は剣を振りかぶる。その刹那、視界から青年の姿が消えた。剣を振り下ろしながら踏みとどまり、慌てて振り返った傭兵頭の目に剣のひらめきが映り、それが、彼の見た最後の景色となった。

次の瞬間には、青年に向かって幾つもの剣が振り下ろされたが、剣士はそれらを全て交わし、そしてまた一人、彼の剣に切り伏せられた。その全ては瞬く間に行われ、店主は目を見開き、固唾を呑んで見つめる事しか出来なかった。

騒ぎを聞きつけたのか、それとも近隣の住民が通報したものか、イルバ兵が集まってきていた。イルバではこういった諍(いさか)いは日常茶飯事であり、兵士は驚く様子もない。彼らはみな、領主ダルケスによって訓練されている精鋭ばかりである。兵士たちは無駄のない鎧に身を固め、細身の剣を腰に挿している。その全てにイルバの紋章が刻印されていた。

店主がまずい事になったと舌打ちをしている時、領主ダルケス自身までがその場に現れた。洗練された服の襟元に洒落たスカーフをのぞかせ、濃い灰色の髪は綺麗に撫でつけてある。髪と同じ色口ひげはきちんと切り揃えられていた。年の割には張りのある肌で、青い目は知的な光を放っている。その領主の姿を認めて、店主は再び舌打ちをして唇を噛んだ。

「私の町で争いはやめてもらおうか。何が起こっているのか、正直に言いたまえ」

「……競り落とされた商品を、ゴダルの旦那が横取りしようとしなさってね。あちらの傭兵どもにうちのが全部やられちまったんですよ」

「では、今あそこで傭兵たちを相手にしているのは誰だ?」

「知りませんよ。突然出てきて、助太刀してやるってんで……」

「なかなかの身のこなしだ。きちんとした剣を習った者の動きだな。……ところで店主、品は何だ」

――ち、やはりそう来たか。

ダルケスは善良な人物で、子供奴隷の取引を良しとはしない。しかしながらそういった取引全てを取り締まろうとしているわけでもなかった。今夜のような揉め事は、この町ではちょくちょく起こる。そういった時にダルケスは奴隷取引禁止法を建前に、商品を取り上げるのだ。商人たちにしてみれば、体よく上前を跳ねられるのと同じ事だった。争点の的になっている「商品」が子供の奴隷だという事を知ると、案の定ダルケスはその顔に笑顔を浮かべた。だが、目は笑っていない。

「困るな、この私の目の届く範囲で認可されていない奴隷市を開いてもらっては。分かっているだろうが、本来ならば今夜の市で扱った商品全てが取り上げだ。……ま、今回はお前たちに不備はない。子供奴隷だけで許してやろう」

ダルケスは自分の言いたいことだけを言うと、恨めしく睨む店主に目もくれず、衛兵に合図を送った。イルバの精鋭たちはあっという間に残った傭兵たちを取り押さえにかかる。

その様子を見て取った青年剣士は素早く牢の中に入って行った。最奥では、ゴダルとバルタゴスが双子の入れられた牢に合う鍵がないかと、鍵束の鍵を片端から扉に差し込んでいる。しかし彼らは、まだ目的の鍵を見つけられずにいたようだ。青年の姿を認めると、ゴダルはバルタゴスに向かって喚きたてた。あまりに慌てたので、口の端から唾が飛んでいる。

「あ、あいつを止めておけ!」

誰かが入ってきたということは、もう外に傭兵が残っていないということである。これだけ騒いでいたのだから、イルバ兵も来ているだろう。双子は諦め、自分だけは何とかその場を逃げだそう。そういう姑息な考えである。ゴダルは鍵束を投げ捨て、バルタゴスを盾にして向きを変えると、牢の出口へ向かって駆け出した。

音を立てて唾を吐き捨てると、バルタゴスは剣を構えた。しかし彼の持つ剣は大きく、低い天井の牢で振り回すようなものではない。すぐにそれを理解したバルタゴスは大剣を投げ捨て、短剣をいくつか取り出した。距離をとり、続けざまに投げる。しかしいくつかは交わされ、いくつかは剣で叩き落されてしまった。ならば、とバルタゴスは青年に飛び掛かかったが、相手の持つ長剣がその邪魔をしていた。立ちすくむバルタゴスに青年が駆け寄り、剣を振り上げる。両腕を交差させ、なんとか防ごうとした。が、剣は一瞬の内に向きを変え、腕の隙間から入り込む。バルタゴスが気付いた時には喉元に突きつけられていた。バルタゴスは歯を食いしばって青年を睨みつけた。

「俺の負けだ、殺せ」

「お前を殺す意味はない」

そう言いながら青年はあっさりと剣を引く。バルタゴスの目が大きく見開かれた。

「馬鹿な事を言うな! 俺は負けたではないか!」

「無意味には切らぬ」

青年は一歩下がった。右手で剣を構えたまま、左手で外を指し示す。バルタゴスは余りの悔しさに歯噛みしながら外へと駆け出した。

「シキ様!」「シキ様!」

牢屋の中から二つの声が同時に響く。息を整えて剣をぬぐい、鞘に収めると、シキは牢の鍵を取り出した。鍵を開けながら、牢の中で泣きそうな双子を安心させるように言い聞かせる。

「彼らには開けられなかったんだ。ここの鍵は知り合いの少年が届けてくれたからな。ゴダルがお前たちを連れ出そうとしている事も、宿まで教えに来てくれたんだ」

クリフとクレオは感激に体を震わせ、牢が開くと、頼もしい助けにすがりついた。

「私、もう駄目だって思って……」

「このまま会えないかと思ってました」

「本当にお前たちだったんだな。まあ他に双子がいるとも思っていなかったが……。しかしどうしてまた……」

彼がそう言いかけた時、イルバ兵たちが牢に入ってきた。手にしたいくつもの光が牢屋の中に満たされ、子供たちとシキの目を一瞬眩(くら)ませる。衛兵はシキの足元に転がる鍵束を拾い上げ、次々と牢の扉を開けていった。長い間閉じ込められていた奴隷の子供たちは、嬉しさのあまり走り出ていく。彼らは、牢の外に用意されたダルケスの馬車に乗り、ダルケスの屋敷へ向かった。イルバ領主の館が素晴らしいものである事は周知の事実だったし、子供たちにとっては牢屋から出られるならばどこでもいい、というのが本音だった。彼らは文句一つ言う事なく、次々と用意された馬車に乗り込んでいった。クリフとクレオもその馬車に乗るように指示される。領主に逆らうわけにもいかない。

「案ずる事はない。お前たちの身の安全は保障されている。俺が明日にでも迎えに行くとしよう」

仕方なくクリフとクレオは頷き、しかしまだ名残惜しそうな顔で馬車に乗り込んだ。馬車は暗闇に吸い込まれるように消えていった。数台の馬車が同様に、町の北へと向かう。通りに出てきていた人々も、騒ぎが収まった様子を見て取り、それぞれの建物へ戻っていった。再び安らかな眠りを手にする者もいれば、商売を再開する者もいるのだろう。シキが汗ばんだ上着に風を入れていると、背中越しに誰かが声をかけた。

「貴公の名前を伺ってもよろしいかな?」

振り返ってみればイルバの領主、ダルケス=コルトその人である。しかしシキはその顔も名前も知らない。訝(いぶか)しげな表情を隠す事もなく、だがともかくも名乗った。

「シキ=ヴェルドーレだが……」

「イルバ領主ダルケス=コルトだ。よろしく。貴公はどういう経緯でここに?」

「あぁ、領主様でしたか。無礼な態度はお許し願いたい。私は先ほどの子供たちの知り合いです。奴に連れて行かれては困るので、勝手ながら剣を抜きました」

「そうだったか。知り合いという事であれば、明日にでも屋敷の方へ来るといい。湯浴みをさせ、服を着替えさせておこう」

「ありがとうございます」

「時に、君は素晴らしい剣の使い手だな」

「いえ、それほどの事は」

「ははは、謙遜も上手だ。ゴダルの傭兵を相手に一歩も引けを取らなかったではないか。どこでそんな剣術を習ったのか、聞いてもいいかな?」

「それは……」

シキは言葉に詰まった。レノア王国騎士団で、などと言えるはずもない。彼は「今」の騎士団とは何の関わりもないのである。ダルケスは何かを察したのか、手を振って言った。

「ああ、言いたくないならいい。……では明日、屋敷で待っているよ」

「昼過ぎには伺いましょう」

軽く頭を下げたシキに、ダルケスは美しくも紳士的な礼を持って返し、立ち去っていった。

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