Legend of The Last Dragon −第二章(8)−

イルバの大通りは中央の広場とつながっている。幅の広い通りが多く、路地はあまりない。道には馬や馬車が走り、身なりのいい貴族や、職を求める貧しい者たちなど、様々な格好の人々が往来している。石造りの建物は、色や高さ、それぞれ趣向を凝らして造られていた。建物の美しい見栄えは、イルバが洗練された街である事を示している。また街のあちこちに見られる市の丸屋根が、イルバらしさを演出しているといえるだろう。

シキとエイルはそんな洒落た街の一角を、領主の屋敷に向かって歩いていた。シキは半袖の上着に腰布という簡単な出で立ちで、左腰に長剣を挿していた。襟足が少し伸びた黒髪は、それほど手入れしていないにも関わらず、艶を保っている。一方のエイルは、バシェスの絹で織った柔らかな上着を、細い革帯でゆるく留めていた。陽の光が透けて見える水色の髪は、シキが毎朝丁寧に梳(くしけず)り、額につけた金の細い冠で留めていた。それでも前髪が額にかかってくるのを、エイルは面倒そうにかきあげる。

「朝から何度も、どこへ行くのだと聞いておるのに、なぜ答えん?」

「大きなお屋敷ですよ、と申し上げましたが」

青年騎士は、真面目な表情で答えた。しかしその深い緑の瞳はどこか笑っているように見える。エイルはぶつくさと文句を言った。

「いっつもそうだ。シキは勿体ぶって。私の質問にちゃんとは答えないではないか」

「そうでしたか? そのようなつもりはなかったのですが……」

「シキは、私をからかってるんだろう」

「とんでもありません、殿下。私はエイル様の忠実な臣下です。まさか、からかうなど……」

「ふん!」

鼻を鳴らしてそっぽを向くエイルを見ながら、シキは微笑した。エイルらしい仕草と表情である。大きな通りを抜け、石畳の広場を超え、また別の通りを横切り……二人は街の北端へと向かう。

領主ダルケスの屋敷はイルバで最も広く、壮麗な屋敷だった。敷地には緑豊かな庭園が広がり、一年中何かしらの花が咲き乱れている。庭園も、それは美しく素晴らしいものだったが、屋敷も負けず劣らず見事なものだった。白御影石で作られた三階建てで、手の込んだ彫刻が施された柱がいくつも立ち並んでいる。玄関に建てられた二本の柱は、中でもとりわけ大きく、高く、細かい模様が彫られていた。玄関に出迎えた執事が「全ては分かっている」とばかりに大きな広間へと、二人を案内した。重そうな扉が内側へ開くと、ダルケスがにこやかな笑顔を浮かべていた。

「ようこそ、私の屋敷へ」

部屋の壁には立派な暖炉が備え付けられていたが、火は入っていなかった。天井は高く、四隅にはさりげないが素晴らしい、小さな彫刻の像が飾りつけられている。シキとエイルは、礼をもって応えてから部屋へ入った。このあたりの身のこなしは、二人とも、さすが王侯貴族といったところだ。ダルケスは領主で、貴族階級である。エイルも王子らしく、礼儀正しく振る舞うつもりのようだった。

「何か飲み物でも? 酒がよろしいかな?」

「もらおうか」

そう言いかけたエイルを目で制し、シキが言い換えた。

「お茶で構いません。ありがたく頂戴します」

ダルケスは気づいたのかどうか、何も言わずに頷くと、そばの机に置かれた鈴を軽く鳴らす。シキたちが入ってきた大きな両開きの扉、その横の壁が突然口を開けた。きちんと閉めてあればまず分からないであろう、執事や召し使いたちが使うための扉である。こういった仕掛けは、レノアの王侯貴族の屋敷であれば、ごく当たり前のものだった。部屋にいる三人も、いきなり開いた隠し扉に驚く様子はない。

「こちらのお客様にキブール茶を」

「かしこまりました」

躾(しつけ)の行き届いた執事は軽く頷くと静かに扉を閉めた。扉が、一瞬にして壁に戻る。ダルケスは大きな長椅子に二人を誘った。美麗な刺繍が施された、豪華な布張りの長椅子が二組、部屋の中央に置かれている。シキは軽く頭を下げ、話し出した。

「コルト様、改めてお礼を申し上げに参りました。彼らを助けていただいて感謝しております」

「いや、それは貴公の活躍があってこそ。私は何もしていない。今はもう元気そのものだよ。ただ、精神的に辛かっただろうとは思うがね」

シキは双子の心中を思い、目線を下げた。エイルは何も聞いていなかったが、それを顔に出さぬようにして黙っていた。執事が人数分のお茶を机に置きに来る。ダルケスはシキに茶を勧め、元気付けるように言った。

「さぞかし君に会えたのが嬉しかったのだろう、昨夜は遅くまではしゃいでいたよ。早く会いたいと何度も言っていた」

「そうですか、それならよかったのですが……」

エイルは茶をすすりながら、独り言を呟く。

「へぇ、これ美味しいな。サナミィで飲んだのよりずっと甘みが深い」

「旦那さま、準備が整ったようでございます」

執事が、今度は正面の扉を開けて告げた。顔を上げたシキの表情は、ぐっと和らいでいる。一方のエイルは何が起こるのかと身構えた。

「では、連れてきたまえ」

ダルケスの言葉に、執事はすぐに扉を大きく開けた。彼は既に双子を連れてきていたのである。用意のいい執事に笑顔を向け、ダルケスは双子を部屋に呼び入れた。エイルが思わず長椅子から立ち上がる。水色の大きな目が、余計に大きくなった。驚きと疑問の入り混じっていた顔が笑顔を作っていく。クリフとクレオは顔を見合わせて笑い出した。エイルはその意味に気がつくと慌てて座り直し、恥ずかしさを隠し切れぬ顔を背けた。

「さて、全員が揃ったところで話を始めよう。まずは聞かせてもらいたい。君たちはどういった知り合いなのかね。あまり接点はなさそうに思うのだが?」

「我々は、彼らに助けられた事があるんです」

シキが言うと、ダルケスは余計に興味を抱いたらしく、身を乗り出して説明を求めた。シキは躊躇(ためら)った。しかし彼らが双子である事は今更隠せることでもなく、またイルバの領主が信用に値する人物だという事は疑いがなかった。クリフとクレオの恩人でもある。何も言わずに引き渡してもらおうというのは虫が良すぎる。とは言え、どこまで話せばいいものだろうか。

「実はその……到底信じられる事ではないでしょうが……」

シキは結局、過去から来た事を含めて説明し始めた。もちろん、今までの事情全てを話したわけではなかったが。

「随分と突拍子もない話だが……いや、信じよう。君の言葉には説得力がある」

と、ダルケスはシキの目を覗き込むように言い、それから自分を納得させるかのように頷く。シキは軽く頭を下げて謝意を表すと、話を続けた。

「我々は、当然ですが過去の世界に戻りたいのです。ここは、私たちが住むべき世界ではない。それにジルク殿が――我々をこの時代へ転移させた魔術師ですが――どうなったのか心配なのです。世界の破滅を予言されたわけですが、それが実際にどういう事なのか、今の我々には分かりませぬ。そのためにも……」

「優秀な魔術師を探したい、というわけか」

「はい。時を越えるとなると、魔法の力でも借りぬ事にはどうにも……それで絶対に出来るという保障があるわけではありませんが、当面はそれ以外に行く当てがあるわけでもないのです」

「世界が破滅するという占い、気になるところではあるな。一体、平和そのもののこの世界に、何が起ころうと言うのか」

「私にも、まったく分かりません。まだ、何も起こっては……」

そこまで言ってからシキはふと言葉を止めた。

「レノアの不穏な空気、あれが何かの前兆だと言うのだろうか……」

視線を中空に浮かべたまま、シキがまるで独り言のように呟く。ダルケスはここのところレノアで起こっている異変に思い当たって、なるほどと膝を打った。

レノアへの出入りが禁止されている事は、徐々に大陸中に広まっていきつつあった。誰が、何の目的でレノアを封鎖しているのか、それは誰にも分からなかったが、その事実は噂の形で各地へと伝わっていくだろう。今のところ世界に影響を及ぼしそうな事ではないが、それが破滅への序曲なのだとしたら……ダルケスはそこまで考えて、ある事に気づいた。

「シキ殿。占いに出たのは、世界を救うために双子が必要だと、そういう事だったな。では、双子を連れて元の世界へ戻らなければいけないのではないのか?」

「そうですよ!」

クレオが思わず、と言った調子で口を挟む。シキとダルケスの視線が双子の妹に投げかけられた。ずっと黙って大人の話を聞いていたクレオは、ようやく自分の番が来たとばかりに話し始める。

「きっとそうです。私たちにだって、出来る事があるはずです。あの時、レノアで『帰れ』って言われた時、すごく悲しかった。一緒に行きたかったんです。だけど……」

「確かにあの時の俺ら、いえ僕らは軽率でした。僕らはただ、その、旅に出てみたかっただけなんです。でも実際にサナミィへ向かって歩きながら、一緒に行けない事が悔しくなってきて……。役に立たないって思われた事が悲しかったんです」

クリフがクレオの言葉に同調し、それから二人は交互に、まるで堰(せき)を切ったように話し出した。

「それで引き返したんです。やっぱり連れて行ってもらおうって。そしたら、途中の宿屋で食事をしていかないかって言われて……」

「ただでいいからって言うんで食べたんですけど、気がついた時には変なところにいて……」

「違う違う、何を考えたかって話だったわ」

「あ、そうだ。あの、それでやっぱり思ったんですけど、俺、じゃなかった、僕らもきっと役に立つと思うんです」

「実は別れてから、何度もあの夢を見るんです。世界が破滅する夢を」

「僕も見るんです。レノアまで行く間は一回も見なかったのに」

「だからきっと私たちには使命があるんだって思ったんです。何が出来るかは分からないけど、きっと何か、世界を救う手助けが出来るんだろうって。そりゃ……また足手まといになってしまうかもしれないけど……」

「親父が言ってました。狩り人は村を出る時、二度と帰ってこられない覚悟をして行けって。もう二度と両親に会えなくても……それでも、僕らには出来る事が、やらなければならない事があると思うんです」

「一緒に連れて行って下さい、お願いします」

二人は、まくし立てるように一気に言い、最後の言葉はまるで練習したかのように同時に言った。シキは最後まで黙って聞き、それから深く息を吐いた。

「簡単に頷ける事ではないんだ。何が起こるか分からないし」

「君には責任があるのではないかな」

首を横に振るシキの言葉を、ダルケスが静かに遮る。

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